アステイオン

民主主義

宇野重規が読み解く、世界と日本の「民主主義本ブーム」

2022年03月04日(金)11時10分
宇野重規(東京大学社会科学研究所教授)※アステイオン95より転載

Pgiam-iStock.


<近年、タイトルに「民主主義」が入っている本が次々と刊行されている。その背景には何があるのか? それぞれの本に書かれていることとは? 論壇誌『アステイオン』95号の「「民主主義本ブーム」を読み解く」を全文転載する>


「民主主義本ブーム」とでも呼ぶべき現象が起きている。「民主主義」をタイトルとする本の刊行がにわかに続いているのだ。

2017年頃からいわば「ポピュリスト本ブーム」(代表的なものにヤン=ヴェルナー・ミュラー『ポピュリズムとは何か』〔板橋拓己訳、岩波書店〕、水島治郎『ポピュリズムとは何か』〔中公新書〕など)があったとすれば、現在はポピュリズムを含め、民主主義そのもののあり方へと問題が拡大していることをうかがわせる。

このことは裏返せば、民主主義に対する懐疑や不信が募っていることをも意味する。もし民主主義が安定し、その正統性に対する疑問が大きくないとすれば、民主主義そのものを問い直す必要もあまりないだろう。

いまや民主主義が大きな困難に直面しているのではないか。あるいはそもそも、民主主義とは何であり、いかなる意義を持つのか、よくわからなくなっているのではないか。そのような思いが広まってこその世界的な民主主義論ブームであると思われる。


 スティーブン・レベツキー、ダニエル・ジブラット
『民主主義の死に方──二極化する政治が招く独裁への道』
(濱野大道訳、新潮社、2018年)

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近年話題を呼んだ民主主義本をいくつか取り上げるとすれば、まずはスティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラットによる『民主主義の死に方──二極化する政治が招く独裁への道』(濱野大道訳、新潮社)であろう。

著者によれば、現代において民主主義を崩壊させるのは将軍や軍人ではない。選挙で選ばれた政治家が、民主主義の制度を使って、徐々に民主主義を「殺す」事態こそが問題である。

民主主義を支えるのは制度だけではない。肝心なのは「相互的寛容」と「自制心」という規範である。政治的ライバルを敵ではなく、正当な存在として受け入れること、自らの組織特権を行使するときに節度をわきまえること、これらは民主主義を支える「柔らかいガードレール」であった。

しかしながら米国のトランプ前大統領ら現代のポピュリスト指導者たちは、それをいとも簡単に踏みにじる。政敵を激しい言葉で罵倒し、暴力を暗示して封じ込める。情報を隠蔽・操作し、自らの権限を行使するにあたってあらゆる制約を振り放つ。このような規範の脆弱化はトランプ大統領に始まったのではなく、政党が政治家を選ぶ「門番」としての機能を長期にわたって喪失してきた結果であると著者たちは主張する。

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