コラム

京大がヒトの「非統合胚モデル」で着床前後の状態を再現 倫理面の懸念にも配慮

2023年12月11日(月)19時00分

日本では13年に、文部科学省から再生医療研究に対して10年間で約1100億円の予算がつくと発表され、産官学が参加する「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」が作られました。現在、iPS細胞を使った再生医療のプロジェクトは日本では17件(23年4月時点)あり、パーキンソン病や亜急性期脊髄損傷、角膜疾患、輸血用血液などで臨床試験が行われています。

なかでも、iPS細胞を利用して免疫細胞を作ってがん細胞を攻撃させる治療法は、国内外で行われ注目を集めています。日本では、20年から千葉大病院でiPS細胞からNKT細胞を作って頭頚部がんの治療に、21年から国立がん研究センターでNK細胞作って卵巣がんの治療に使用する臨床研究が行われています。

アメリカでも、19年からバイオ医薬品会社であるフェイト・セラピューティクスがiPS細胞からNK細胞を作って急性骨髄性白血病やB細胞性リンパ腫などをターゲットにする治療の研究をしています。21年からはミシガン大でも、iPS細胞由来のNK細胞を卵巣がん治療に用いる臨床研究が行われています。

ヒトの初期胚を模倣する胚モデルを開発

再生医療への活用が世界的に急速に進んでいるiPS細胞ですが、ヒト胚モデルの作成には主にES細胞が使われています。とりわけ、23年は顕著な成果が相次いで報告されました。

「Nature」には6月に、英ケンブリッジ大の研究チームと米イェール大の研究チームからそれぞれ「ES細胞を使って、受精を経ずに着床後のヒトの胚に似た細胞集団(胚モデル)を作製した」という論文が発表されました。同誌には9月に、イスラエル・ワイツマン科学研究所などの研究チームから、ナイーブ型と呼ばれる通常よりも原始的なES細胞を用いて受精後14日の状態を再現した胚モデルを作ったという報告も掲載されました。

一方、CiRAでは、14年にナイーブ型のヒトiPS細胞の作製法を確立しました。21年には、ナイーブ型多能性幹細胞から胎盤の主な機能を担う栄養膜細胞を作製することに成功しています。

ヒトの胚は受精後5日程度で、身体を作るエピブラスト、胎盤を作る栄養膜、栄養分となったり細胞の成長について指令信号を出したりする原始内胚葉の3種類の細胞に分かれます。

今回、高島准教授らの研究チームは、ナイーブ型ヒト多能性幹細胞(iPS細胞とES細胞)からこれらの3種類の細胞を誘導し、栄養膜細胞とそれ以外を半透過性の膜で離して共培養してヒトの初期胚を模倣する胚モデルを開発しました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story