コラム

遺伝子編集で作成した「ウイルス耐性ニワトリ」が鳥インフルエンザ、卵の安定供給の救世主に?

2023年10月21日(土)10時20分

鳥インフルエンザウイルスは、亜型や株が違ってもANP32Aの機能を必ず利用します。エディンバラ大の研究チームはそこに注目し、ニワトリの遺伝子にノーベル賞を受賞した遺伝子編集技術「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」を使用してANP32Aの一部を書き換えて、鳥インフルエンザウイルスが侵入してもmRNAを作れないようにすることで、感染に対抗する方法を考案しました。

ニワトリの生殖細胞に対してこの方法で遺伝子編集をすると、卵から生まれた次世代ニワトリは鳥インフルエンザウイルスのmRNAを転写しないANP32Aを持っているはずです。研究者たちは、次世代ニワトリ10羽と比較対象となる遺伝子未編集の親から生まれたニワトリ10羽の鼻に、自然環境での曝露を想定した量の鳥インフルエンザウイルス(低病原性のH9N2型)を注入しました。

その結果、遺伝子未編集のニワトリでは10羽中10羽が鳥インフルエンザに感染し、遺伝子編集した次世代ニワトリでは10羽中1羽だけが感染しました。さらに、前者は他の鳥に鳥インフルエンザを感染させましたが、後者は感染させることはありませんでした。

「ANP32Aを書き換えるとほぼ感染しないこと」を示せたことは意義深いですが、「感染した遺伝子編集ニワトリが、他の鳥にウイルスを感染させなかったこと」はさらに重要な結果です。なぜなら、多くの国で鳥インフルエンザワクチンが用いられない理由の1つに、ワクチン接種しても「発症せずにウイルスを保持しているニワトリ」になる場合があり、それが養鶏場での病気の蔓延を隠してしまうことがあるからです。今回の遺伝子編集をする方法では、他の鳥への感染がないため、病気の蔓延が起こりにくいと言えます。

効果は世代を超えて引き継がれる

ただし、ウイルスへの耐性は完璧ではなく、自然の想定曝露量の1000倍に当たる鳥インフルエンザウイルスを使った実験では、遺伝子編集されたニワトリでも10羽中5羽で感染が起こりました。とはいえ、気道に存在するウイルス数は、遺伝子未編集のニワトリと比べると極めて少なく、他の鳥を感染させるおそれは低いと考えられるといいます。

ANP32Aの機能はマウスでは骨、軟骨、脳、心臓の発達に関連しているため、遺伝子編集された次世代ニワトリたちのこれらの部位の異常も懸念されましたが、問題はなかったとのことです。さらに、次世代ニワトリのメスは正常に産卵したといいます。遺伝子編集の効果は世代を超えて引き継がれるため、今後はすべて生まれつき鳥インフルエンザウイルスに耐性を持つ個体になります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と初会談 「多くの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story