コラム

遺伝子編集で作成した「ウイルス耐性ニワトリ」が鳥インフルエンザ、卵の安定供給の救世主に?

2023年10月21日(土)10時20分

日本では、養鶏場で鳥インフルエンザが発生した場合、その農場で飼われている鶏は全て殺処分すると「家畜伝染病予防法」で定められています。22年秋から現在にいたる国内での卵の高値は、昨年10月から4月までに約1700万羽の鶏が鳥インフルエンザの発生によって殺処分されたことが最も大きな原因となっています。

ところが、養鶏の鳥インフルエンザウイルスをワクチンで予防する方法は、現在のところ国内では普及していません。世界的に見ても、中国を含むアジアの一部地域では採用されていますが、決して主流ではありません。

ワクチンは、先に予防したい病原体の免疫をつけておいて、実際に感染したときにいち早く敵と認識させて体内からすばやく排除する方法です。けれど、インフルエンザウイルスは変異しやすいために、流行する亜型や株の予想が難しく、ヒトのインフルエンザワクチンでも「接種しても効く時と効かない時があり、当たり外れがある」と言われています。

本年7月に発表された農林水産省の畜産統計によると、2月1日現在の国内の鶏の飼育数は採卵用の成鶏めす(6カ月齢以上)の飼養数は1億2857万9000羽、ブロイラーは1億4146万3000羽です。合わせて3億羽近い鶏が鳥インフルエンザにならないために、未来の流行を予想して何種もの亜型や株を組み合わせたワクチンを生産し適量を投与したとしても、コストがかかるわりに完全には防げません。世界的に見てもメーカーや養鶏の現場は二の足を踏んでいます。

鳥インフルエンザウイルスが必ず利用するANP32A

そこで、エディンバラ大の研究チームは、「ニワトリの体内にウイルスが入っても増殖させないこと」で鳥インフルエンザを防ごうと考えました。

ウイルスは自分を複製するための設計図(遺伝子)は持っていますが、設計図を殻に包んだ簡素な構造のため、それをもとに組み立てる設備(細胞)は持っていません。他の生物の細胞に侵入(感染)し、自分の設計図を紛れ込ませるという方法で増殖します。鳥インフルエンザウイルスの場合も同じで、ニワトリ細胞内のANP32Aと呼ばれるタンパク質を利用して自己複製し、増殖します。

ANP32Aは本来、ニワトリのDNAからRNAを作る、つまりニワトリ細胞の複製過程で設計図を転写する役割を担っています。鳥インフルエンザウイルスはANP32Aの機能を乗っ取り、ニワトリ細胞のためのmRNAではなく鳥インフルエンザウイルスのmRNAを作らせます。その結果、周囲の材料を使ってウイルス構造タンパク質が合成され、子孫ウイルスが大量に生産されます。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、足元マイナス圏 注目イベ

ワールド

トランプ氏、ABCの免許取り消し要求 エプスタイン

ビジネス

9月の機械受注(船舶・電力を除く民需)は前月比4.

ビジネス

MSとエヌビディア、アンソロピックに最大計150億
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story