コラム

5類引き下げ前におさらいする、新型コロナのこれまでとこれから

2023年05月02日(火)15時10分

CNNやウォールストリート・ジャーナルの報道によると、ウイルスの起源については、米政府に複数ある情報機関の間でも、研究所流出説と市場起源説で見解が分かれているといいます。たとえばFBI(米連邦捜査局)はエネルギー省と同じく「研究所流出説」を採る一方、4機関は市場起源説の見方を示し、3機関は追加的な情報がなければどちらとも判断できないとコメントしているそうです。

武漢の研究所流出説の根拠とされるのは、①この研究所では新型コロナウイルスに最も近い(遺伝子の一致率が96.2%)とされる「RaTG13」(2013年に中国で見つかったコロナウイルスの一種)が研究されていたこと、②微生物や病原体等を取り扱う実験施設の格付けで最高クラスであるバイオセーフティーレベル(BSL)4の研究所であるが、アメリカから安全性や管理に問題があると指摘されていたこと、③コウモリのコロナウイルスとヒトのSARSコロナウイルスを合成してヒト細胞への感染性を評価する試験を行っていたこと、などが挙げられます。

武漢の研究所で新型コロナウイルスが研究されていた証拠は見つかっていませんが、上記の理由から流出の疑念はなかなか払拭できないようです。

いっぽう「市場起源説」の根拠は、人獣共通感染症の原因として知られるコロナウイルスの多くはコウモリを自然宿主としており、中間宿主の動物を食べることなどでヒトに感染してきたことによります。たとえば中国で発生し、2003年に世界で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスであるSARSコロナウイルスは、コウモリが持つ類似ウイルスが、食用にもなるハクビシンなどを介してヒトに感染したと考えられています。

米アリゾナ大などの2つの研究チームは22年7月、米科学総合誌「サイエンス」に「新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)は、生きた哺乳類が売られていた中国・武漢の『華南海鮮卸売市場』が起源で、動物からヒトに感染したと考えられる」と発表しました。新型コロナの最初の発生時期と考えられている19年11月から12月頃、同市場ではウイルス保有が疑われるタヌキなどの動物が売られており、動物が飼われていたカゴからも新型コロナウイルスが見つかっているといいます。

また、「イタリア発生説」は、伊国立がん研究所(INT)が「イタリアでは新型コロナウイルスが19年9月時点ですでに拡散していた」とイタリアの学術誌「ツモリ」に20年11月に発表したことによります。

同研究所によると、19年9月から20年3月までに肺がん検査に応じた健康な人959人のうち11.6%が新型コロナウイルスへの抗体ができており、19年9月に採取した血液サンプルからも抗体が検出されたといいます。これはWHOが新型コロナウイルス感染症の発生と考えている19年12月(中国・武漢)よりも早い時期になりますが、専門家の間では分析手法を疑問視する意見も少なくありません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英、障害者向け自動車リース支援制度改革へ 補助金を

ビジネス

米経済下振れリスク後退は利上げ再開を意味、政策調整

ワールド

イスラエル、ヨルダン川西岸で新たな軍事作戦 過激派

ビジネス

S&P、ステーブルコインのテザーを格下げ 情報開示
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story