コラム

両親がオスの赤ちゃんマウス誕生 幅広い応用と研究の意義、問題点を整理する

2023年03月21日(火)11時30分

「哺乳類の雄(男性)同士からの子供を誕生させる技術が開発された」と聞くと、将来、ヒトに応用して男性のカップルが女性の卵子提供者を使わずに子供を持つための基礎研究と思うかもしれません。

けれど、今回の研究は、①一部の女性の不妊症、②染色体余剰、③絶滅危惧種の動物の保存など、さまざまなケースで応用して役立てられる可能性があります。もちろん、いずれも倫理的な議論は十分に尽くす必要はあります。

①については、たとえば2本のX染色体のうち1本の全部や一部が欠損している「ターナー症候群」の女性は国内に約4万人おり、多くは不妊症とされます。この研究を応用してX染色体を複製できれば、子供を授かれるようになるかもしれません。

②については、ヒトで23対46本ある染色体でどれかが1本多くなるトリソミー症候群は、21番が3本になるダウン症候群や13番染色体トリソミー、18番染色体トリソミー、性染色体ではトリプルX症候群(XXX、女性)、クラインフェルター症候群(XXY、男性)などが知られています。今回の研究では、ヒトのダウン症のモデル動物である16番染色体が余剰になったマウスで、リバーシン処理によって正常な数の染色体の細胞を作ることに成功しています。将来的には、ヒトのトリソミーの原因究明や治療法の開発につながる可能性があります。

③については、絶滅危惧種の動物の中には、残りが雄だけ、雌だけになってしまった場合があります。林教授らは22年12月に「Science Advances」誌で、密猟や環境破壊によって世界で雌が2頭だけになってしまったキタシロサイのiPS細胞から、卵子や精子のもとになる始原生殖細胞様細胞を試験管内で誘導することに世界で初めて成功したことを発表しました。今回の技術を応用できれば、将来的には雄だけになってしまった場合も、動物の子孫を残すことが可能になるかもしれません。

もっとも、今回の研究では気になる結果も出ています。絶滅危惧種の保存を考えた場合、1匹の雄の体細胞からiPS細胞を経て卵子と精子を作り、受精させて子供が誕生させられれば、絶滅から救える動物が増えたり効率が上がったりしそうです。けれど実験では、同じオス個体から得た卵子と精子では、1500個以上の卵子で試したにもかかわらず、子供の誕生には至りませんでした。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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