コラム

両親がオスの赤ちゃんマウス誕生 幅広い応用と研究の意義、問題点を整理する

2023年03月21日(火)11時30分
マウス

マウスもヒトと同じく、XとYの性染色体の組み合わせで性別が決定する(写真はイメージです) Marques-shutterstock

<大阪大学・林克彦教授らの研究チームが、世界で初めて哺乳類の雄のiPS細胞から卵子を作ることに成功。世界の注目を集めるその研究内容と、さまざまな応用の形について紹介する>

林克彦・大阪大教授(生殖遺伝学)らの研究グループは、雄のマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)から卵子を作り、別の雄マウスの精子と受精させて、赤ちゃんマウスを誕生させることに成功しました。哺乳類の雄のiPS細胞から卵子を作ることができたのは、世界初といいます。

研究成果は、3月8日にロンドンで開催された「第3回ヒトゲノム編集に関する国際サミット」で発表され、注目ニュースとして英科学総合誌「Nature」で紹介されました。同誌には15日付で原著論文も掲載されています。

「両親が雄の赤ちゃんマウスが誕生」のニュースは、国内メディアだけでなく、BBCや英ガーディアン紙でも報道され、海外でも強い関心を持たれています。研究の詳細と意義について概観しましょう。

10年後には人間でも可能に?

マウスはヒトと同様に、XとYの性染色体の組み合わせで性別が決定します。雄(男性)の細胞にはX染色体とY染色体が1つずつ(XY)、雌(女性)の細胞にはX染色体が2つ(XX)含まれています。Y染色体はX染色体より短く、細胞が加齢に伴って繰り返し分裂するうちに消失する場合があることが知られています。

そこで林教授らの研究チームは、雄2匹が両親のマウスを作るために下記の手順を踏みました。

①雄マウスから取り出した体細胞(尻尾の皮膚細胞、XY)を、生殖細胞にもなれるiPS細胞にする。
②iPS細胞を長時間培養して、Y染色体が消失したオスの細胞(XO)を選ぶ。
③XOになった細胞にリバーシン(薬剤)などを使って、同じX染色体が2本に複製されたXXの細胞を作成する。
④XXの細胞に、始原生殖細胞様細胞(PGCs様細胞)に分化するような誘導因子や増殖因子を加えて卵子を作る。
⑤できた卵子と別の雄マウスの精子を受精させる。
⑥代理母となる雌マウスの子宮に受精卵を移植する。

②の段階でY染色体が消失した細胞の割合は約6%でした。⑤で作成した受精卵は630個で、⑥を経て誕生した子マウスは7匹でした。受精卵から誕生に至った成功率は約1%ですが、生まれたマウスはいずれも健康で生殖能力も正常とみられています。

現段階では失敗が99%と効率が良くない方法ではありますが、林教授は英ガーディアン紙の取材に「技術的には10年後に人間で可能になるでしょう」と語っています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米下院、エプスタイン文書公開巡り18日にも採決 可

ワールド

国連安保理、トランプ氏のガザ計画支持する米決議案を

ワールド

米大学の25年秋新規留学生数、17%減 ビザ不安広

ビジネス

ティール氏のヘッジファンド、保有エヌビディア株を全
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story