コラム

ノーベル賞2022の自然科学3賞と日本人科学者との関わり

2022年10月11日(火)11時25分

3氏の研究は、「量子情報科学」という新しい学問分野を生み出しました。この分野の実用化に挑む日本人トップランナーの1人が、スタンフォード大名誉教授の山本喜久博士です。山本博士は、量子コンピュータの基本素子である「超伝導量子ビット」を世界で初めて実現しました。

量子コンピュータの研究開発は、今後10~20年が勝負と言われています。ボストン・コンサルティング・グループが21年に発表した試算によると、量子コンピュータは40年頃には最大で年間8500億ドル(約120兆円)の価値を生み出す可能性があると言います。特に、多数の候補からの取捨選択が必要な、材料開発や創薬の分野での活用が期待されています。

今後は量子コンピュータの実用化の分野で、ノーベル賞受賞者が現れるとの予測もあります。量子力学分野では、日本人ではアハラノフ=ボーム効果の存在を証明した外村彰博士(1942-2012)がノーベル物理学賞受賞まであと一歩だったと言われています。山本博士、あるいはこれから量子情報科学分野に進む若手研究者が、日本人の受賞の夢を叶えてくれるかもしれません。

「クリックケミストリー」の手法開発、医療への応用

クリックケミストリーは、組み合わせたい2つの分子に目印をつけて結合させる手法です。「クリック」は、シートベルトをカチッとはめる音になぞらえた表現です。簡単に目当ての物質だけを作り出せます。

これまでの合成化学では、たとえば薬を作りたい時、目的の生成物だけでなく余分な副生成物も一緒にできてしまうことが悩みでした。副生成物を取り除く作業をすると、材料が無駄になったり、除去の際に目当ての物質まで取り除かれてしまったりするので非効率でした。クリックケミストリーは狙った合成物を短時間で多量に作ることができるので、医薬品や材料科学の分野で広く使われるようになりました。

「クリックケミストリー」の提唱者であるシャープレス博士と、メンダル博士は、根幹となる手法を別々に開発しました。ただし2人の手法は、生体内に取り入れると毒となる銅を触媒として使うという特徴がありました。

ベルトッツィ氏は、生体中で行っても安全なクリックケミストリーを開発しました。さらに、「がん細胞に目印をつけて、結合する相手にがん細胞を殺す薬を持たせる」などの、医療への応用も考えました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story