コラム

数学界の最高栄誉「フィールズ賞」受賞者の頭脳と胸中、日本人数学者と賞の歴史

2022年07月12日(火)11時30分

オックスフォード大のジェームズ・メイナード教授(35)は、素数の出現パターンに関する業績が評価されました。

メイナード教授は「私の生き方は、物事を1歩ずつ進めること。選択肢が示されたときは、最も魅力的なものを選んできた」と語ります。単純な整数を扱う「数論」は、一見簡単に見えても、解き明かすためには現代数学のあらゆる分野の情報が必要になるところが特に魅力的だといいます。

まず問題の一部を理解することから始めて、次に技術的な面で改善できるかを調べるというメイナード教授は、「有名な難問でも、迂回することで実現可能な方法を見つけることができる」と語ります。

「数学を学生に教えることは、自分が分かっていると思っていたことを見直す機会になる」と教育にも力を注ぎ、「数学は計算ではなくアイディアであることを理解してもらうことが重要」と強調します。

「役に立つから」ではなく「数学は楽しいから」と子供たちを誘導すべき

ジュネーブ大とフランス高等科学研究所の両方に所属するユーゴー・ドゥミニユ=コパン教授(36)の受賞理由は、相転移の確率論に関する長年の議論を解明したことです。

はじめは天文学に興味があり、大学院になってから数学研究の面白さを実感して数学者になろうと思ったコパン教授は、研究対象に「美しさと段階を踏めること」を求めます。「美しさを感じることは創造性を発揮するために、段階を経ることは長期的な目標を達成するために必須だから」と説明します。

コパン教授は、子供時代に国語が嫌いでも大人になって文学が好きになる人がいる一方で、かつて数学が嫌いだった人は大人になっても嫌いなままであることを憂慮します。原因は数学が実用的なツールとして考えられている点にあると分析し、「文学の美しさや楽しさが多くの人々に共有されているように、数学の美しさや楽しさも多くの人々が触れられるようにすべきだ」と力を込めます。

そのためには、大人たちは子供に「数学は役に立つから」と言って学ぶように説得するのではなく、「数学は楽しいから」と言って自発的に学びたくなるように誘導すべきだと語ります。

ノーベル賞との違い

フィールズ賞はアーベル賞とともに、数学者が獲得できる最高の栄誉とされています。ノーベル賞と比較されることが多いですが、①受賞年の1月1日より前に40歳の誕生日を迎えたものは候補となれない、②人物に対して送られるため生涯に一回しか受賞できない、③賞金はノーベル賞の約1億円に対しフィールズ賞は約200万円、などの違いがあります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 5
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 6
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story