コラム

数学界の最高栄誉「フィールズ賞」受賞者の頭脳と胸中、日本人数学者と賞の歴史

2022年07月12日(火)11時30分

ただし、年齢制限については、過去に一例だけ例外があります。

オックスフォード大のアンドリュー・ワイルズ教授は、1998年に「特別表彰」という異色の形で受賞しました。ピエール・ド・フェルマーの死後、約330年も未解決だった「フェルマーの最終定理」を完全に証明したという業績があまりにも偉大だったからです。

ワイルズ教授は10歳の時にフェルマーの最終定理に出会って、数学の道を進み始めました。証明が正しいと確認されたのは42歳の時で、45歳でフィールズ賞特別表彰を受けました。

日本人数学者では、過去に3人がフィールズ賞を受賞しています。

プリンストン高等研究所や東京大で研究した小平邦彦教授は、調和積分論や二次元代数多様体(代数曲面)の分類などによる功績で1954年に受賞しました。「複素多様体」という研究分野を切り開き、数学だけでなく物理学の素粒子論などにも大きな影響を与えました。

ハーバード大や京都大に所属した広中平祐教授は、代数幾何学が専門です。「代数多様体の特異点の解消」および「解析多様体の特異点の解消」を発表し、4次元以上の一般解を与えた業績により1970年に受賞しました。

同じくハーバード大や京都大に所属した森重文教授は、広中教授の弟弟子にもあたります。代数幾何学が専門で、「3次元代数多様体の極小モデルの存在証明」によって1990年に受賞しました。2015~18年には、国際数学連合の総裁をアジア人として初めて務めました。

考えられる日本人4人目の受賞者は?

次回の2026年には、36年ぶりとなる4人目の日本人受賞者が現れるでしょうか。4年後なので若手数学者を予想することは難しいですが、例外的な特別表彰があるとしたら可能性がある人物がいます。

京都大学数理解析研究所の望月新一教授は、数論の未解決の難問「ABC予想」の証明を2012年に成し遂げたと発表しました。

2021年には8年半もの査読期間を経て、『PRIMS』誌に論文が掲載されました。PRIMSは京都大数理解析研究所が編集する論文誌だったこと、証明には望月教授自身の構築した「宇宙際タイヒミュラー理論」という独自性の高い方法を用いられたことより懐疑的な意見もありますが、「反論は出尽くした」という見方が強まっています。

望月教授は2012年の時点で43歳、現在は53歳ですが、「完全に証明された」と認められればフィールズ賞特別表彰の可能性は十分に高いと言えます。

4年に1度なこと、若手が主な対象でありながら偉大な業績に対しては年齢に関係なく評価されることなどを鑑みると、フィールズ賞はノーベル賞よりもオリンピックに似ているのかもしれません。近年、日本人選手はオリンピックで目覚ましい活躍をしています。数学の分野でも、日本発で世界を変えるような研究が現れることを期待しましょう。

ニューズウィーク日本版 台湾有事の新シナリオ
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年4月21号(4月14日発売)は「台湾有事の新シナリオ」特集。米・イラン戦争で変わる地域紛争の「大前提」/石油危機を恐れるべき理由

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀利上げ巡る赤沢氏発言、片山財務相「手法は日銀に

ワールド

カナダ与党が下院過半数確保、補選勝利で カーニー首

ワールド

ドイツ連立政権が19億ドルの燃料税軽減策で合意、価

ビジネス

ソニーG、新ファンドの本格運営を開始 200億円超
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目のやり場に困る」姿にネット騒然
  • 3
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 4
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 5
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 6
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 7
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 8
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 9
    「違法レベル...」ゼンデイヤの「完全に透けて見える…
  • 10
    BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音楽市場で…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 7
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story