コラム

ブタからヒトへの心臓移植に見る「異種臓器移植」の可能性

2022年01月25日(火)11時25分

いっぽう、動物の臓器そのものを使う場合は、動物が人に利用される臓器工場として育てられる生命倫理問題や、「人が動物の臓器で生かされる不自然さ」に対する直感的な嫌悪などがあります。

今回のベネットさんの事例は、手術自体や経過は現在のところ成功しているものの、予想外のところで紛糾しています。移植後にベネットさんの犯罪歴が明らかになり、被害者の家族が「『もっと助かるべき患者」にブタの心臓が提供されて欲しかった」と語ったり、主治医が「診療に非協力的で、ヒトの心臓を移植する対象とならなかった」とコメントしたことから「懲罰的に人体実験をしたのではないか」と議論が起きたりしています。

異種臓器移植は、「安全性が担保されており、足りない臓器が補える手段だ」と科学的根拠や数値で説得しても、心情的に受け入れられない人が多ければ実用化は困難かもしれません。異種移植では、動物の細胞をヒトに移植したり、iPS細胞やES細胞を使って動物の体内でヒトの臓器を作る研究も進んでいます。是非や実用化の議論を科学技術の担い手だけに任せるのではなく、国民一人一人がリスクと利益を考えることが大切になります。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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