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ブタからヒトへの心臓移植に見る「異種臓器移植」の可能性
研究が進むにつれ、ブタとヒトの心臓はサイズが近く解剖学的な特徴も似ていること、ブタは多胎で成長が早いために臓器調達が容易であること、移植した際に動物由来ウイルスに感染するリスクが他の動物よりも低いことなどがわかりました。そこで、ブタをヒトへの異種臓器移植に使う研究が進みました。2002年には、イギリスのバイオ企業と米韓の共同研究チームがそれぞれ、遺伝子操作によって人間の体内で拒絶を起こさない臓器移植用のブタを誕生させました。
もっとも、異種臓器移植が抱える安全性の問題は、拒絶反応だけではありません。動物由来のウイルス感染のリスクも考える必要があります。
ブタの臓器には、「ブタ内在性レトロウイルス」が存在しています。内在性レトロウイルスとは、祖先がレトロウイルスに感染し、最終的にそれが宿主の生殖細胞に入り込んで遺伝情報の一部となり、子孫に受け継がれたものです。内在性レトロウイルスは、ヒトでは全遺伝情報の約8%を占めると考えられています。たとえば、慶応大の研究チームは「ガンの転移には、ヒト内在性レトロウイルスの『HERV-H』が重要な役割を果たしている可能性がある」と発表しています。
ブタからヒトへの臓器移植を行うことで、移植を受けた患者がブタ内在性レトロウイルスの影響も受け、ガンや免疫不全などを発症したり悪化させたりするリスクが高まるのではないかとの懸念があります。
ブタの臓器のヒトへの移植の実用化に大きな一歩になったのは、2017年にアメリカのeGenesis Bio社の研究チームが、遺伝子編集技術「CRISPR」を用いてブタの内在性レトロウイルスを除去することに成功したことです。現在は各国で研究が進められ、2021年にはニューヨーク大学で「脳死した54歳の女性患者の体に、遺伝子組み換えしたブタの腎臓を接続する実験」が行われました。実験は54時間続き、ブタの腎臓はヒトの血中の老廃物を除去して尿を生成しました。
臓器移植を待つ人の数はアメリカだけでも約11万人といわれていますが、臓器を提供してくれる米国内のドナーは約1万人(臓器移植件数は約2万件)で、年間6000人の患者が臓器移植を受ける前に死亡しています。日本は待機数が約1.4万人で、年間ドナー数が約100人(臓器移植件数は約400件)です。そのため、異種臓器移植はドナー不足を解決するための有望な手段と期待されています。
抵抗感の少ない動物製品、嫌悪される動物の臓器
しかし、安全性がクリアされても、生命倫理や社会的受容の問題が残っています。
動物の一部を人の医療に利用するものとして比較的抵抗感の少ないものに、「動物製品」があります。たとえば整形外科では、牛の骨や腱が利用されています。ヤケドの治療には、ブタの腱や皮膚に由来したコラーゲンを使った人工皮膚が使われています。心臓移植を受けたベネットさんは、10数年前にブタの組織から作られた人工の心臓弁(生体弁)の移植手術を受けました。
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