コラム

サイバー犯罪に取り組むインターポールを訪ねて

2016年05月09日(月)16時10分

2015年、シンガポールにインターポールのサイバー犯罪対策組織IGCI(INTERPOL Global Complex for Innovation)が作られた Thomas White-REUTERS

 「インターポールの銭形だ!」  アニメ『ルパン三世』を観た世代にはなじみのフレーズだろう。銭形警部は銃と手錠を持って世界中飛び回りながらルパン三世一味を追いかけている。

 そのインターポール(国際刑事警察機構)が2015年4月、シンガポールにIGCI(INTERPOL Global Complex for Innovation)という組織を新設した。もともとは警察署があった敷地の大部分をシンガポール政府がインターポールに提供し、そこに作られた白と紫の建物は、サイバー犯罪に対処するための拠点となった。

 本来のインターポールは、銭形警部のようなことはしない。インターポールは、加盟している190カ国・地域の法執行機関(警察)を支援するのが目的であり、個々の犯罪者の追跡・逮捕は各国の警察組織が行っている。したがって、インターポールが実際に行っているのは、狙いを定めた訓練、専門的な捜査支援、分野別のデータベース、安全な警察通信チャンネルの提供などである。インターポールの本部はフランスのリヨンにあり、世界各地に支部があるが、IGCIはリヨンの次に大きなインターポールの拠点になる。

 IGCIはいまだ拡張・発展段階にある。日本の警察庁出身の中谷昇総局長を中心に、26カ国の警察組織から43人が出向しており(2015年の数字)、民間企業とも連携を進めている。NEC、トレンドマイクロ、カスペルスキー・ラボといった企業がパートナーとして協力している。バークレイズのような金融機関も参加している。日本からはサイバーディフェンス研究所、LAC、SECOMといったところが専門家を派遣している。

IoTは脅威のインターネット

 モノのインターネット(IoT:Internet of Things)は新しいインターネットの姿を象徴する言葉になっている。しかし、カスペルスキー・ラボのユージン・カスペルスキーCEOと中谷総局長が会談した際、IoTは「脅威のインターネット(Internet of Threats)」に他ならないという点で合意したという。多種多様なモノがネットワーク接続されるようになるにつれ、その悪用を考える犯罪者たちが増えている。

 サイバー攻撃というとき、その担い手は誰か。中谷総局長は、(1)オンライン犯罪者、(2)ハクティビスト、(3)国家の三つのタイプを挙げている。国家の場合は刑事法に基づくインターポールでは対処しにくいので、IGCIで扱うのはオンライン犯罪者とハクティビストになる。

 サイバー犯罪の予防、検知、軽減は企業の経営者が取り組むべき範疇だが、その先の途絶と捜査は法執行機関が行う。しかし、サイバー犯罪の多くが国境を越え、高度な専門知識を要するようになっているため、インターポールの傘下にあるIGCIのような組織が必要になる。「IGCI」の一つ目の「I」はインターポールを意味するが、二つ目の「I」はイノベーションを表す。サイバースペースを使った犯罪が高度化しており、それを捜査するインターポールや各国の捜査機関側にもイノベーションが必要になっているからである。

サイバー犯罪への投資はいらない?

 2015年の1月にある国際会議に出たとき、経済学者がサイバー犯罪についてプレゼンテーションを行った。彼は、サイバー戦争はこの世の終わりであり、経済学では扱えないという。そこで、サイバー犯罪に目を向けてみると、その実態はそれほど大きくない。サイバー犯罪で死ぬ人の数は、交通事故で死ぬ人の数とは比べものにならないほど小さい。統計的にはクレジットカード詐欺や脱税、麻薬取引のほうが金額は大きい。したがって、経済学的にはサイバー犯罪対策をするよりも、交通事故防止や脱税対策を行うほうが社会的な厚生を高めることになるという。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カンボジアとの停戦維持、合意違反でタイは兵士解放を

ワールド

中国軍が台湾周辺で実弾射撃訓練、封鎖想定 過去最大

ワールド

韓国大統領、1月4ー7日に訪中 習主席とサプライチ

ビジネス

米シティ、ロシア部門売却を取締役会が承認 損失12
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story