最新記事

外交官

キッシンジャー「戦争終結のためロシアに領土を割譲せよ」

Henry Kissinger Blasted for Telling Ukraine to Give Territory to Russia

2022年5月26日(木)13時43分
アンドリュー・スタントン

外交の巨人の真意は(ベルリン・アメリカ・アワードに出席したキッシンジャー、2020年) Annegret Hilse-REUTERS

<ロシアとの全面戦争になる前にウクライナと欧米諸国は退くべきだ、という大物外交官の提案にウクライナやメディアは猛反発。キッシンジャーは間違っているのか?>

アメリカの元国務長官ヘンリー・キッシンジャーは、ウクライナが和平協定の締結にこぎ着けるためには、ロシアに領土を割譲するべきだという趣旨の発言を行い、ソーシャルメディア上で猛烈な批判にさらされた。

キッシンジャーは5月23日、スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムで講演した際、ロシアとウクライナのあるべき戦争終結の姿を提案した。理想的なゴールは「戦争前の状態」に戻ることだと述べながらも、ウクライナとロシアに対し、今後2、3カ月のうちに戦争を終わらせるための交渉を始めるよう促した。各国の首脳に対して、ロシアとの長期的関係についても配慮するように呼びかけた。

「長く戦争を継続すれば、ウクライナの自由を求める戦いではなく、ロシアに対する新たな戦争になる」とキッシンジャーは言い、これがソーシャルメディアで激しい非難を浴びることになった。

ウクライナは、和平交渉の前提としていくつかの条件を提示している。2014年にロシアが併合したクリミアも含め現在ロシア軍が占領している領土すべての返還がその1つだ。

傲慢なエリート戦略家

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の顧問を務めるミハイロ・ボドリャクは、キッシンジャーの発言を厳しく非難し、彼は同じようにやすやすと「(ロシアによる)ポーランド、あるいはリトアニアの奪取も許すのだろう」と書いた。

「塹壕にいるウクライナ国民に、『パニックに陥ったダボス(世界経済フォーラム)の人々』の発言を聞く時間がなくて良かった。ウクライナ国民は、自由と民主主義の防衛で少々忙しいのだ」

イギリスに本部を置く民間研究機関、国際戦略研究所の所長を務めるジョン・チップマン博士も、こう書いている。「#wef22(世界経済フォーラム2022)でのキッシンジャー博士による干渉は残念だ。ウクライナには、プーチンに自国の主権を譲る戦略的な理由はなく、西側諸国にとっては、ウクライナ政府を支援しプーチンを敗北に追いやるべきあらゆる戦略的理由がある」

ウクライナの「キエフ・インディペンデント」紙の防衛担当記者、イリア・ポノマレンコはこう書いた。「傲慢でインテリぶったこうした『戦略家』はエリート主義にかぶれており、目先のことしか考えられない。彼らの話を真に受けていたら、ヒトラーは全世界を破壊していただろう」

従軍経験者でライターのシャーロット・クライマーも、こう書いている。「まともな考えを持つ大人なら、一歩離れて思い出すはずだ。『そういえばヘンリー・キッシンジャーは、完全に間違った見解を掲げることで並外れた実績の持ち主だった。何度も何度も間違ってきた』と」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、台湾新総統就任控え威圧強める 接続水域近くで

ワールド

米財務省、オーストリア大手銀に警告 ロシアとの取引

ビジネス

MUFG、今期純利益1兆5000億円を計画 市場予

ビジネス

焦点:マスク氏のスペースX、納入業者に支払い遅延 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中