最新記事

海外ノンフィクションの世界

看護・介護や肉体労働はいつまで頭脳労働より低評価なのか 大卒者の3分の1は大卒者向けでない仕事に就く

2022年3月30日(水)18時15分
外村次郎 ※編集・企画:トランネット

Plyushkin-iStock.

<「頭」の割合が増え、「手」と「心」が減った現代社会を、気鋭のイギリス人ジャーナリストが分析。頭脳労働を高く評価する「偏った能力主義」は大きな弊害をもたらしているが、将来には希望もあるという>

EU離脱をめぐるイギリスの国民投票やアメリカの大統領選において、社会の分断が明らかになったのは記憶に新しい。そうした分断の背景には、何があるのか。

それは、偏った能力主義や評価の不平等だ――。

イギリスの総合評論誌『プロスペクト』の共同創刊編集者であり、ジャーナリストのデイヴィッド・グッドハートは、新著『頭手心(あたま・て・こころ)――偏った能力主義への挑戦と必要不可欠な仕事の未来』(筆者訳、実業之日本社)の中でそう指摘する。

学校や、職場や、政治において、人の評価はどうあるべきだろうか。確かに能力にもとづく評価が望ましいかもしれない。だが、認知能力だけで評価し、それ以外の力(共感力や想像力など)を軽視したら、社会は正しく機能するだろうか。

偏った能力主義は社会に歪みを引き起こしてはいないか。「頭」(=頭脳労働)と比較すると、「手」(=肉体労働や手仕事)や「心」(=看護や介護などのケア労働)への評価はあまりにも低くないだろうか。

20世紀以降、社会が専門家への依存を高めたことで、相対的に「頭」の割合は増え、「手」や「心」は減った。個人の功績に高い価値を置く社会は、看護・介護の仕事を軽視し、弱体化させた。

人々の職業観も変わった。かつては「日々の糧(かて)を稼ぐ」ことが働く目的だったが、徐々に仕事を自己実現の手段と捉える人とそうでない人に分かれていった。

専門職が増え続ける前提は崩れ、AIの影響も押し寄せる

影響は教育にも及んだ。1970年代には認知能力で人を選抜し、高等教育に進ませることが富裕国の教育の主な目的となる。やがて、「手」の経済が凋落して「頭」を基本とする知識経済に移行すると、学歴は認知能力の功績と捉えられる。

さらに、グローバルな商取引やコンピュータ技術が登場することで仕事の二極化が進み、中程度の技能を要する仕事は減少した。そして、「大卒者を増やす」風潮は所得と地位の幅広い分配を困難にした。

だが、高等教育が個人や経済に恩恵をもたらすという理屈は今や通用しない。専門職が増え続けるという前提は崩れ、ロボットやAI(人工知能)の影響で知識労働は減少すると予測されている。現に大卒者の約3分の1が大卒者向けではない仕事に就いている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、31万人に学生ローン免除 美術学校

ワールド

米名門UCLAでパレスチナ支持派と親イスラエル派衝

ビジネス

英シェル、中国の電力市場から撤退 高収益事業に注力

ワールド

中国大型連休、根強い節約志向 初日は移動急増
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 8

    なぜ女性の「ボディヘア」はいまだタブーなのか?...…

  • 9

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 10

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中