最新記事

中国

在日ウイグル人をスパイ勧誘する中国情報機関の「手口」

2020年8月14日(金)18時00分

中国最大のSNSをスパイ勧誘に利用

もう1つはメッセージのやり取りに、中国最大のSNSアプリWeChatが使われていたことだ。中国で15 年に制定された反テロ法は、当局のテロ対策や調査への協力として、プロバイダー事業者などに通信に施す暗号の提供などを義務付けている。ハリマットはWeChat経由で自分の個人情報が国家安全局にわたっていると確信している。「以前日本でデモをした直後に、何も知らないはずの新疆の家族が『こっちの迷惑も考えろ』と怒って連絡してきたことがあった」。

ハリマットは自分のWeChatのアカウントとアプリを削除したが、万が一の新疆との連絡のために、妻のアカウントは残しておいた。すると異変が起きた。国家公安局の男とのWeChatでの対話の映像を複数の日本のテレビ局に提供し、それが放映された直後、これまでかろうじて連絡を取り合ってきた妻の妹や友人たちが突然、妻のアカウントをブロックし始めたのだ。「国家安全局は着信履歴から妻の人間関係を割り出して情報収集のために接触したんだろう。だからみんな怖くなったんだ」と、ハリマットは言う。

今月6日、トランプ米大統領はWeChatがアメリカ人の個人情報を中国に渡し、安全保障上の脅威になるとの理由で、運営会社の騰訊(テンセント)との取引を禁止する大統領令に署名した。そして実際にWeChatは中国政府が国外のウイグル人の情報を収集し監視するのに、極めて効果的に利用されている。

日本ウイグル協会副会長のアフメットは、中国政府のスパイ勧誘の狙いは情報収集だけではないと考えている。「重要なのはスパイが日本にもいるということを教えること。そうすれば身近な人間に対し疑心暗鬼になる。ウイグル人社会を相互不信で分断し、政治活動に参加させないようにしたいんだろう」。

「日本政府は在日ウイグル人を保護する手立てを考えてほしい」と、同協会のハリマットは訴える。「このままでは日本国内に何百人もパスポートを持たないウイグル人が出てきてしまう。日本国籍取得の条件で、新疆から書類を取り寄せなくてもよいような特例をウイグル人に適用してくれないだろうか」。

英ガーディアン紙によれば、現在イギリスでは中国から逃れようとするウイグル人に自動的に難民認定をするよう超党派の議員が建議している。しかし、これまでのところ日本にそうした動きは見えない。

冒頭で紹介した日本語が流ちょうな元スパイ、カーディルは当初、東京出張中に日本に亡命することを考えた。その過程で日本政府がほとんど政治難民を受け付けないことを知り、紆余曲折の末、亡命先にトルコを選んだ。しかし、ここ数年国際的孤立を深めるトルコの中国への急接近に不安を感じ、一昨年船でエーゲ海を渡り、ギリシャに逃げた。

ギリシャ当局はこれまでの経緯を聞き取ると、すぐに難民パスポートを発給してくれたという。カーディルは現在、アテネに住む。久しぶりに国際電話で話した彼の声は明るかった。

「そのうち日本に行きますよ。でもスパイとしてではなく、観光にね」

(筆者は匿名のジャーナリスト)

2020081118issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中