最新記事

親権問題

日本人の親による「子供連れ去り」にEU激怒──厳しい対日決議はなぜ起きたか

Japan and Child Abduction

2020年8月5日(水)18時05分
西村カリン(ジャーナリスト)

だが子供に会えない外国人の親全員がDV加害者とは考えにくく、日本語が読めない、話せない彼らが自分の権利や可能な手続きを分かっていない可能性がある。日本人弁護士とのコミュニケーションも一つの課題だ。多くの場合、外国人当事者と日本人弁護士の共通言語は英語で、誤解が生まれることは防げない。子供に会えない外国人の裁判を筆者が取材したところ、通訳の問題もあるし、あまりやる気のない弁護士がいることも分かった。

フランスの国会議員リシャルド・ヤングは「父親と母親の関係が悪化したとしても、国は子供の権利を守り、両親との関係継続を確保すべき」と強調し、「日本の法律を改正することが必要ではないか」と言う。

裁判の判決が守られない

多くの欧米人からすると、単独親権制度は時代錯誤なだけでなく、日本が署名した「児童の権利に関する条約」に反する。特に、第9条に定められている親と引き離されている子供が、親と定期的に会ったり連絡したりする権利が守られていない。日本人の配偶者と別れた後、子供との面会交流ができない外国人親は多い。離婚するとさらに壁が高くなる。共同親権が認められたらこの問題を解決できるというのがEUの考え方だ。

一方、共同親権は必要ないと考える木村はこう説明する。「面会交流については、親権者が自由に決められる事柄ではない。父母どちらが親権を持つかにかかわらず、『子の利益』を最優先して監護・面会交流の方法を協議で決めなくてはならない。親権を持たなくなったほうは法律上、親として扱われなくなり、子供に会うこともできなくなるという説明は誤りだ」

ただ残念なことに、裁判で「面談交流、月2回」の命令が出ても、親権を持つ親がさまざまな理由で命令に応じないことも少なくない。「新型コロナウイルス感染のリスクがあるから会わせない」と言われたフランス人男性は「妻はなんでもかんでも理由にする」と言う。「裁判の判決が必ずしも守られていない」というEU決議の指摘は、こうした問題も含めている。

崩壊した日本人夫婦の間にも同じような事態は起きるが、外国人だとさらに複雑だ。国によって国際条約の理解が若干異なるのも大きい問題だろう。子供の利益を最優先すべきと言っても、「子供の利益」とは何か、国によって答えが違うかもしれない。

今回の決議が日本でも報道されたこともあり、EUやアメリカの意見に耳を傾ける日本の議員、弁護士や当事者も出てきた。今後は建設的な議論が可能かもしれない。今のままでは連れ去りの被害者となる子供が増え、日本のイメージも悪化する一方だ。

(筆者はフランス出身、1997年より日本在住。元AFP通信東京特派員)

<2020年8月11日/18日号掲載>

【関連記事】離婚後の共同親権は制度改定だけでは不十分
【関連記事】国際結婚のダークサイド 夫に親権を奪われそうになった日本人妻の告白

【話題の記事】
12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」
異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる
中国は「第三次大戦を準備している」
ヌード写真にドキュメントされた現代中国の価値観

2020081118issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
楽天ブックスに飛びます

2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中