最新記事

インタビュー

「正しさ」から生まれた「悪」を直視する──哲学者・古賀徹と考える「理性と暴力の関係」

2020年7月30日(木)16時40分
Torus(トーラス)by ABEJA

古賀:下水道を専門に研究していた宇井は、水俣病に衝撃を受け、大学の専門知が孕む問題性を指摘する論考を発表しました。

東大で21年間、「助手」のまますえ置かれながら、1970年から東大で仲間たちと市民向けの公開自主講座「公害原論」を開き、科学や技術の存在意義を問い直したんですね。自身が所属する東大すらも「建物と費用を国家から与えられ、国家有用の人材を教育すべく設立された国立大学が、国家を支える民衆を抑圧・差別する道具となって来た典型」と痛烈に批判しました。


「公害の被害者と語るときしばしば問われるものは、現在の科学技術に対する不信であり、憎悪である。衛生工学の研究者としてこの問いを受けるたびに、われわれが学んで来た科学技術が、企業の側からは生産と利潤のためのものであり、学生にとっては立身出世のためのものにすぎないことを痛感した」(宇井純 『公害原論』「開講のことば」から)

Koga_7.jpg

古賀:この『公害原論』を読んで水俣に関心がわき、高専の教師たちに思い切って相談しました。すると化学、国文学や英文学の教師たちも、それぞれの問題意識を率直に話してくれるようになりました。化学の先生は、自分の専門への問題意識から、じつは水俣に通っていたのです。教師たちも、それまで教壇で見せてきた姿とは違う何かを隠し持っていました。自分がテンプレから脱するとき、世界もまた違った「顔」を見せはじめるのです。


水俣を知ったことにより、それまでオーディオや無線やパソコンが大好きだった私は技術への生き生きした素朴な歓びに翳りを抱き、ひいては自分自身に深い罪責感を感じるようになった。(中略)科学技術は、何かを覆い隠して成立している。その蓋を私は開こうとしていた。(『理性の暴力』第四章より)

古賀:結局、18歳で高専を中退し「学問や技術にまつわる問題を考えるなら、哲学だろう」というイメージだけを抱え、北海道大の哲学科に進みました。

とはいえ、思想の研究も実情はタコツボ化しています。中世哲学の研究者は近代哲学を知らず、近代哲学の研究者は中世哲学に関心がない。哲学と倫理学と美学はそれぞれ研究室が別で、ほとんど交流もない。隣り合っているのに、互いにほとんど触れないまま研究が進むのです。


脱呪縛がそのまま呪縛化するというこの矛盾は、日本語における哲学教育、もしくは哲学研究にそのまま妥当する。(中略)はじめて哲学書に触れたときには世界が開かれていく胸躍るような解放感にとらわれ、そのまま哲学を専攻することを決意するも、ある思想家研究を自分の専門と決めてそれに追従するようになると、いつしかそのテクストの洞窟に閉じ込められる。(『理性の暴力』終章より)

Koga_4.jpg

古賀:大学2年のとき、泊原発(北海道)の試運転がきっかけで、原発反対運動にのめり込みました。

この問題に出あったころ、この分野の研究者に話を聞きに行きました。安全性を強調し、運転に反対する人たちのことを「感情的に騒いでいるだけだ」と徹底的にバカにするわけです。「ああ、宇井純が批判した水俣病をめぐる大学の構造と同じだ」と気づきました。原発は正義からにじみ出た悪で真っ黒でした。

それこそ寝食を忘れて20代の時間の大半を運動に投じました。それでもやっぱり運動は負けるんです。盛り上がる時は盛り上がっても、いつしか退却戦となり、原発は動き、参加した人も食べていけないから仕事に就く。酪農家、漁師、医師、弁護士、そのまま活動家になった人もいました。哲学科に進んだもののあまり勉強しなくなっていた僕も大学院に戻りました。

運動は解体していきましたが、かかわった人たちはそれぞれ「この経験を生かして自分が生きていくにはどうしたらいいか」と考えるわけです。僕といえば、「ものを知る」とはそもそもどういうことで、何のために知るのかということを運動の経験から改めて考えるようになりました。技術と倫理の問題をもう一度、哲学によって問い続けようと。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中