最新記事

感染症対策

施設閉鎖要請・指示と補償はセットか──緊急事態宣言下の施設閉鎖要請・指示の前提条件

2020年4月16日(木)15時45分
松澤 登(ニッセイ基礎研究所)

憲法第31条が行政手続きに適用されるかどうかは、学説はわかれている。最高裁は抽象論として「行政手続については...そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」とする(最判平成9年7月1日)。つまり行政行為の内容や性格に応じ、また権利制限の程度や緊急性など諸般の事情に応じて、刑事事件における適正手続き的な考え方が限定的に適用されうるとしているものと思われる。

刑事事件とは異なるが、施設閉鎖要請・指示は営業の自由を制限するものであることから、上記のような適正手続き確保の観点から、少なくともまずは議会の承認(つまり法律または条令)により、施設閉鎖要請・指示の根拠規定を定めておく必要があると考える。したがって、仮に、国の緊急事態宣言とは別に都道府県独自の緊急事態宣言を行うには、真に緊急やむを得ないとき、かつ要請ベースである場合を除けば1、条例レベルでの定めを設ける必要があると考える。また、宣言の発出、施設閉鎖要請・指示の決定には、最終的には政治が決断するとしても、感染症の専門家の意見を聞くという手続きは重要である。

そして、このような法令上の根拠があり、手続きを踏んだ(言い換えると民主的・専門的な確認を経た)うえでの、施設閉鎖要請・指示に対する補償は、行政が要請・指示をするにあたっての手続きの適正さを補完するとの意味を持ちうるものではあったとしても、前提となる要件ではないと考える。

すなわち、特措法はその第1条で、「国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあ(る)」ことに鑑みた法律であるとする。国民の生命・身体に危機が及ぶ強い懸念がある場合において、緊急事態宣言に基づく施設閉鎖要請・指示が、補償措置なしには出せないとすると、感染者が幾何級数的に増加する結果を招きかねない。国民の生命・身体の保護を図る対策を直ちに実施する必要がある場合に、その前提として、補償の概要を定めていなければならないとするのは、法の趣旨を没却しかねない。

この結論は、補償が、緊急事態宣言に基づく要請・指示を出すための前提要件とはならないというだけであり、国民の日々の生活や国民経済を窒息させないための手当・保障金の支給は十分行わなければならないことには違いはない。施設閉鎖要請・指示権限は知事にあるにしても、経済活動の下支えは国と都道府県との双方に責務がある。特措法上も国は対策の総合調整を行う責務がある(特措法第20条)。不幸にもこれ以上、緊急事態宣言対象地域が広がったときでも、政府には、道府県が要請・指示を出すにあたって躊躇しないように調整を行っていってもらいたい。

――――――――――
1 北海道のように、全国的なまん延が発生していなかったが、道内のみクラスターが発生した場合は、特措法の適用が難しかったと思われる。この場合に緊急避難的に緊急事態宣言を出すことは理解できる。

Nissei_Matsuzawa.jpg[執筆者]
松澤 登
ニッセイ基礎研究所
保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中