最新記事

シリア情勢

米軍撤退決定は、シリアにとってどういう意味を持つのか?

2018年12月26日(水)15時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

むろん、イスラーム国は根絶された訳ではなかった。彼らはダイル・ザウル県南東部(ハジーン市、シャアファ村、バーグーズ村など)で活動を続けていた。SDFが今年9月に「テロ駆逐の戦い」と銘打って掃討戦を開始すると、有志連合はこれを支援し、連日にわたって大規模な爆撃を行い、多くの民間人が巻き添えとなり死傷した。だが、イスラーム国の支配地域は消失しなかった。ロシアやシリア政府は、米国が55キロ地帯とSDF支配地域にイスラーム国を匿い、混乱を長引かせ、シリアに居座ろうとしていると疑った。

こうしたなか、トランプ政権内では、シリア駐留の新たな根拠を強調する声が高まっていった。国防総省や国務省の高官は、米軍撤退に踏み切ろうとするトランプ大統領を説得する一方で、イランの存在を強調し、その脅威を排除するまで、シリアに留まると主張するようになった。米軍は当面シリア駐留するというのが大方の見方だった。だが、トランプ大統領が政権内の意を酌むことはなかった。

トランプに「背中を刺された」クルドSDF

シリアからの米軍の撤退を示すような動きは今のところ確認されておらず、実際に撤退するかどうかも定かではない。米国は依然としてユーフラテス川以東地域と55キロ地帯の制空権を握っており、イスラーム国だけではなく、シリア軍や「イランの民兵」(イラン・イスラーム革命防衛隊や同組織の支援を受けるレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊など)に国際法上根拠のない爆撃を続けることで、影響力を行使するだろう。

とはいえ、米国の軍事プレゼンスの低下がシリア情勢にどのような変化をもたらすのか、あるいは米国の存在が現下のシリアにどのような問題を引き起こしているのかを確認することは無意味ではない。

SDF、そして米国と共にシリアに部隊を駐留させてきたフランスは、米軍が撤退すればイスラーム国が勢力を盛り返すと警鐘を鳴らす。また55キロ地帯で活動する反体制派やシャーム解放機構に近い活動家も、シリア政府とロシアの進攻に警戒感を強めている。だが、こうした懸念が現実のものとなり、「今世紀最悪の人道危機」が再来するとは考えられない。なぜなら、米軍の駐留には、何よりもまずSDFに対するトルコの攻勢を抑止する効果があったからだ。

トルコは、クルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲むPYDを「テロ組織」とみなし、これを排除するとして、3月までにアレッポ県マンビジュ市一帯を除くユーフラテス川以西の国境地帯を実質占領していった。また米国に対して、SDFへの支援を中止するよう求めてきた。

トルコを宥めるかのように、米国(CIA)は1月、PYDを「外国を拠点とするテロ組織」に指定、6月にはトルコ政府とマンビジュ市一帯地域の処遇にかかる行程表を策定し、同地で合同パトロールを開始した。だが、トルコはYPGを退去させるという誓約を米国が履行していないと主張した。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は12月12日、ユーフラテス川以東の国境地帯に進攻するための作戦準備を完了したと発表、トルコが支援する反体制派と共に臨戦態勢に入った。

米軍は国境地帯に監視所を設置し、衝突回避を試みた。だが、トランプ大統領は14日、エルドアン大統領との電話会談でシリアからの撤退を決心した。

SDFは、国境地帯に飛行禁止空域を設定し、トルコの侵入を阻止するよう有志連合に呼びかけた。また、トルコに国境地帯を奪われれば、ダイル・ザウル県でのイスラーム国との戦いに支障が生じるだけでなく、収監中のイスラーム国のメンバーを拘束できなくなると「脅迫」した。だが、トランプ大統領がこうした訴えに耳を傾け、トルコ軍侵攻への青信号を撤回するようには思えない。SDF消息筋は19日、「背中を刺された」と述べ、不快感を露わにした。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

バイデン氏「6歳児と戦っている」、大統領選巡りトラ

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中