最新記事

大学

東大ブランドはどのように作られ、そして進学格差を生むようになったか

2018年9月29日(土)11時20分
松野 弘(社会学者、大学未来総合研究所所長)

このように、これまで封建的な身分制度によって社会的地位の上昇をめざすことができなかった下層階級の人たちは、近代化による公教育の普及により、実力さえ発揮できれば、人生成功への鍵を得ることができるようになったのである。

このことが今日の東大を頂点とした社会階層のヒエラルキーを構築し、東大へ進学することによって、人生成功へのチャンスをだれでも得られるという「東大神話」が生まれたのである。

富裕層が国立大学に、貧困層が学費の高い私立大学に

しかし、こうした「東大神話」は激烈な受験競争をもたらした。

団塊の世代が高校生だった1960年代後半は、東京大学合格者の常連校は、都立日比谷高校、都立西高校、都立戸山高校、都立新宿高校等の公立の有名進学校であって、現在の常連校である私立開成高校、私立灘高校、私立麻布高校などはごく普通の東大合格者数にすぎなかった。

これらの私立進学高校が躍進した理由は、(1)受験勉強の激化を緩和させるために東京都が総合学区制度を設け、特定の有名進学高校への生徒の集中を防いだこと、(2)私立高校が優秀な学生確保のために、予備校等と連携して東大受験のための特進クラスを設けたり、受験勉強に強い優秀な教員を高給で雇用したこと、(3)教育の目的が国民の基礎的なリテラシーの充足から、東大等の有名大学へ進学させるための「投資」へと変容したこと、その結果、(4)社会の富裕層が東大進学率の高い有名私立中学校・私立高校へ合格させるために、小学校の早い段階から進学塾に通わせるようになったことなどである。

それが現在、学費の安い国立大学に富裕層の子弟や子女が入学し、所得の低い貧困層が学費の高い私立大学へ入学せざるをえないという皮肉な現象を生み出しているのである(もちろん私立大学にも優れた大学はあるが、それはここでは措いておく)。

今や東大生の親の約6割の所得は年収950万円以上で、高給官僚や大企業の子どもたちが東大生となっているのである。この現実は富裕層の「東大神話」に拍車をかけ、東大以外は大学ではないとでも言うようなエリート風潮を生み出しているのだ。

金持ちでなければ東大へ進学できないという「進学格差現象」は、日本だけでなく韓国等のアジアの有力な国々にみられ、学歴を重視する教育後進国特有の現象である。こうした古い教育観を脱却しない限り、日本がグローバル社会のリーダーとなるのはますます困難となるだろう。

【参考記事】東大教授は要りません──東大ブランドの凋落はなぜ起きたか

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、20万8000件と横ばい 4月

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中