最新記事

日本社会

大坂なおみフィーバーは日本の人種差別を変えるか

Making A Difference

2018年9月20日(木)15時30分
レジス・アルノー(仏フィガロ紙東京特派員)

だが残念ながら、そうした議論は巻き起こっていない。優勝後に日本に到着して大坂は連日、「抹茶アイスを食べたか」「どんな写真をインスタグラムにアップしたいか」といったばかげた質問を浴びせられている。

日本以外の先進国では、移民問題は常に選挙の中心的な争点だ。しかし安倍晋三首相は一貫して「いわゆる移民政策は取らない」と繰り返している。

野党・立憲民主党の枝野幸男代表でさえ、現時点では移民受け入れを積極的に推進する立場ではない。数カ月前に取材した際、枝野は外国人を安い労働力として扱う風潮を批判し、いま移民を受け入れても彼らも「ハッピーでない」と指摘。まずは「国籍や出身による差別意識を小さくする社会運動」を先行させるべきと語った。

人口が減少し、年金制度が破綻に向かうなかで移民を拒むのは無責任だ。世界中の若者の間で日本人気が高まっている今のタイミングに移民政策を打ち出さなければ、素晴らしいチャンスを失ってしまう。

少なくとも帰化の道を広げ、より多くの外国人に国籍を付与することは可能だろう。今の日本では、日本人になることは極めて難しい。申請者は、大半の日本人でさえクリアできないであろう厳しい基準によってふるい落とされる。親が何年も昔に1カ月だけ社会保険料の納付を怠ったという理由で申請を却下されたケースもある。

「トリプル」を切り札に

スイスと比較すると、日本の鎖国ぶりがよく分かる。人口842万人の小国スイスは欧州随一の「閉じた国」だったが、昨年は4万6060人に国籍を付与した。一方、人口1億2700万人の日本で帰化を認められた外国人は1万315人(そのうち84.5%は中国人と韓国人)。両国の人口比を考慮すると、スイスは日本の68倍の移民を受け入れていることになる。スイスは外国人のせいで別の国になっただろうか。

最後に、日本は二重国籍を認めるべきだ。スイスの調査では、単独国籍者と比べて二重国籍者のほうが国家への忠誠度が低いという現象は確認されていない。

成人の二重国籍を認めれば、低コストで世界中の人材を集め、世界につながるネットワークを構築できる。父親と母親のいずれかを選べと言わんばかりの圧力にさらされている二重国籍の子供たちの悩みも解消される。

複数の人種の血を受け継ぐ日本人をなぜ「ハーフ」と呼ぶのか。ハイチと日本とアメリカにルーツを持つ大坂は、ハーフどころか「トリプル」だ。何億人もの黒人とアジア人、そして白人の琴線に触れられる彼女は、錦織圭にはできない形で世界にアピールする力を持っている。東京五輪を控えた日本にとっては最強の切り札だ。

会見でアイデンティティーについて問われた大坂は「私は私」と答えた。誰もが心からそう答えられるといいのだが。

本誌2018年9月25日号[最新号]掲載

[2018年9月25日号掲載]

20240514issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月14日号(5月8日発売)は「岸田のホンネ」特集。金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口……岸田文雄首相が本誌単独取材で語った「転換点の日本」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

独首相、ウクライナ大統領と電話会談 平和サミット支

ビジネス

円安で基調物価上振れ続けば正常化ペース「速まる」=

ビジネス

米中堅CLO、高金利で信用の質が低下=ムーディーズ

ビジネス

英国でのIPO計画が増加、規則改正控え=ロンドン証
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中