最新記事

日本政治

「トランプは合理的、バカと切り捨てられない」『国体論』著者・白井聡インタビュー

2018年6月26日(火)16時40分
深田政彦(本誌記者)

戦後の日本はアメリカへの恭順の意を示すことで経済繁栄を謳歌してきた PUBLIC DOMAIN

<敗戦を境に天皇を頂点とする日本の統治体制「国体」は、アメリカへの従属にとって代わられた――注目の新書『国体論』の著者が語る戦後日本の矛盾>

アメリカと米同盟諸国との対立が目立ってきている。6月のG7ではその対立が際立っていた。一方、日本は、6月12日の米朝首脳会談で非核化費用の負担ばかり求められ、北朝鮮をめぐる外交において「蚊帳の外」かと騒がれた。

そんななか、『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)が注目を集めている。1945 年の敗戦を境に、天皇(菊)を頂点とする日本の統治体制であった「国体」が、アメリカ(星条旗)への従属にとって代わられた、と歴史的に分析。この特殊な従属体制から脱却しなければ、日本は敗戦に続く二度目の破綻に向かうと警告する。著者・白井聡に本誌編集部・深田政彦が話を聞いた。

***


――ドナルド・トランプ大統領は従来の米政権とは異質だ。その点で、戦後史の考察から日米関係を論じた本書の視点は通用しにくいのではないか。

いや、米大統領が誰になろうとも、日本の側は何にも変わらないということが、この間証明された。大統領がどんな人であろうが、何を言おうが、安倍晋三は迎合するだけだ。しかも、必死に媚びを売る安倍の姿が日本国民を憤激させることもない。むしろ、「よくやっている」などと喧伝されている。だから、『国体論』に書いたことは、より一層明白になったと言える。

つまり、トランプ政権の登場によって「戦後の国体」の矛盾は、いよいよ隠せなくなってきている。「戦後の国体」の頂点たるアメリカに、恭順し、媚を売れば売るほど、日本が収奪の対象とみなされていく構図がはっきりしたからだ。

トランプの言動には、「われわれアメリカは公明正大なのに、その善意に同盟諸国は付け込んでいる」といった被害者意識が感じられる。日本のような、アメリカ頼みの同盟国の付け込みを止めさせれば、「アメリカを再び偉大に」できるというわけなのだろう。

「アメリカを再び偉大に」という、このスローガンの元祖はベトナム戦争後の暗い世相を打ち破ったレーガン大統領だと思う。レーガノミクスは製造業復活を唱えながらドル安誘導をせず、「強いドル」を支持。ブードゥー(いんちき)経済と呼ばれるほど矛盾だらけだったのに、レーガンの颯爽とした姿に米国民は「偉大なアメリカの復活」を見て熱狂した。

その後の大統領も皆、「偉大なアメリカ」を演出しようとした。次のジョージ・ブッシュは宿敵ソ連を崩壊に追い込み、湾岸戦争で「世界の警察官」になったが経済運営に失敗。ビル・クリントンは製造業復活を目論見ながらも、レーガン同様の金融資本主義化でしのいだ。ブッシュ・ジュニアはネオコンのイデオロギーに基づいて対テロ戦争にのめり込む一方、金融資本主義化のツケがリーマンショックによって爆発的に露呈してきた。

ここでいよいよ行き詰まりが酷くなり、バラク・オバマが登場した。オバマはインテリで弁舌さわやかな黒人大統領。人種融和という「アメリカの夢」を象徴する存在だった。彼の姿に世界中が「偉大なアメリカの復活」を期待した。しかしながら、何もできなかった。格差は広がり、荒廃している。つまり、歴代大統領が皆「偉大なアメリカ」を演じながら、繰り返し失敗してきたということだ。

そこで、「偉大なアメリカ」をスローガンとして直接打ち出すことで政権を取ったのがトランプだ。アメリカが衰退局面にあるなか、他国よりも自国中心に、という姿勢で、日本に厳しくあたる。

日本では、特にリベラル派に「トランプ当選にがっかりした」との論調がある。だがアメリカはずっと「アメリカ・ファースト」だったし、「偉大なアメリカの復活」というプロジェクトを繰り返してきただけだ。日本がそんな物語を共有する必要はない。米大統領は偉大でなければ、と期待することこそ、日本が「魂の従属」下にある証拠だ。

――本書ではアメリカ流新自由主義に従属する日本を批判しているが、トランプはTPP(環太平洋自由貿易協定)を離脱。他の先進国と対立している。

この間、TPPについて後押しをしてきた日本の「識者」たちのインチキぶりが白日の下にさらされた。彼らは「TPPは自由貿易の推進だから良いものだ」と言っていた。ところがいま、トランプ政権が日米FTA交渉へ日本を引きずり出すべく圧力を高めてくると「これは困ったことだ」と論評している。けれども、FTAだって自由貿易の推進だろう。何の一貫性もない。

つまり、彼らがTPPを支持していた本当の理由は、「自己利益をゴリ押ししてくるアメリカを多国間で抑え込む」ということだったわけだ。それを隠して、「自由貿易=善」という抽象的図式を喧伝することで、アメリカは「慈悲深い天皇」であるかのように演出されてきた。しかし、もうこんな猿芝居も限界だ。

TPPの交渉過程でせり上がってきたことだが、本質的な問題は、非関税障壁という概念の危険性や、大資本の権力のさらなる肥大化であり、それらが自由貿易推進の大義名分のもとで昂進してきたことなのだ。本当はこれらの問題に目が向けられるべきなのだが、対米従属の「戦後の国体」を仕切っている連中は、「トランプは《アメリカ・ファースト》だから大変だ」と言ってオロオロするしか能がない。『国体論』は、こうした「馬鹿につける薬」だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中