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シリア情勢

シリアの塩素ガス使用疑惑は、欧米諸国の無力を再確認させる

2018年4月9日(月)20時06分
青山弘之(東京外国語大学教授)

戦闘は熾烈を極めた。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、3月半ばまでに「無差別攻撃」による死者数は1,000人を超えた。政府支配地域への避難を躊躇(ないしは拒否)していたとされる住民は、反体制派の劣勢を前に大挙して脱出した。ロシア国防省が3月30日に発表したところによると、その数は10万人強に達した。当局に保護された住民はシリア軍を歓迎し、反体制派によって「人間の盾」として利用されていたと暴露した(ないしはそうすることを余儀なくされた)。

最終的には、3月20日にシリア解放戦線がハラスター市からの退去を、22日にはラフマーン軍団がシャーム解放委員会やシリア解放戦線とともにアルバイン市、ザマルカー町、アイン・タルマー村、そしてダマスカス県ジャウバル区からの退去を受諾し、戦闘員とその家族4万5,000人以上(ロシア国防省発表)が、反体制派の牙城であるイドリブ県に移送された。

イスラーム軍の抵抗と退去

東グータ地方最大の都市で、住民13万5,000人が留まっているとされるドゥーマー市を支配するイスラーム軍は最後まで抵抗した。同市の放棄を拒否し、徹底抗戦を主張するメンバーが少なからずいたことが主因だった。

とはいえ、ロシア・シリア両軍の軍事攻勢を前に、イスラーム軍は決断を迫られ、4月1日に停戦を受け入れた。シリア政府と交わされた最終合意は、(1)シリア軍、イスラーム軍双方が戦闘を停止する、(2)投降を望まないイスラーム軍の戦闘員と家族をアレッポ県ジャラーブルス市方面に退去させる、(3)イスラーム軍が拉致・拘束していた捕虜・人質を解放する、(4)イスラーム軍が保有する重火器・中火器をシリア軍に引き渡す、といった内容だった。

だが、合意の履行はその後も紆余曲折を経た。4月1日に行われた戦闘員の退去を報じたシリア国営通信(SANA)は、イスラーム軍の「敗北」が印象づけられないよう「配慮」し、「ラフマーン軍団が去った」と報じた。なお、イスラーム軍とラフマーン軍団は、ともに東グータ地方を支配してきたが、勢力範囲をめぐって対立し合ってきた(拙稿「東グータの反体制派は誰と戦っていたのか?/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(14)」(Yahoo! Japanニュース個人、2018年3月16日)を参照)。

イスラーム軍の退去は、4月4日までに4度にわたって行われ、戦闘員とその家族約4,000人がドゥーマー市を後にした。だが5日になると、退去を拒否するメンバーの妨害によって搬送作業は中止を余儀なくされた。

塩素ガス使用疑惑にまつわる二つのストーリー

ドゥーマー市で戦闘が再開したのは翌6日だった。イスラーム軍は首都ダマスカス各所を砲撃し、住民40人以上が死傷した。これに対してシリア軍(そしてロシア軍)は総攻撃を開始し、ドゥーマー市を激しく爆撃・砲撃するとともに、地上部隊を進攻させた。

シリア軍による塩素ガスの使用が告発されたのは総攻撃2日目となる7日午後のことだった。それは、圧倒的な軍事攻勢に対して為す術を失い、助けを求める者の悲痛な訴えに見えた。

攻撃をめぐって、欧米諸国、サウジアラビア、トルコ、カタールは、シリア政府だけでなく、ロシアやイランの責任を追及し、真相究明を呼びかけた。一方、シリア政府やロシアは、こうした主張がテロ支援国家を利するフェイクに過ぎないと一蹴した。

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