スタンガンは本当に安全? 米国で多数の死亡例報告
「誰かが殺そうとしている」
精神的な危機状況にある人は、警官に直面すると、困惑し、恐怖を感じることが多い。警官が適切な訓練を受けていない場合は特に、あっという間に緊張が高まることがある、と国立精神衛生研究所のデニーズ・ジュリアノブルト氏は指摘する。
「そうなると、精神疾患を抱えた人が負傷したり、警官が負傷したりといった不幸な事故が起きる可能性が高まる」と、同氏は語る。
2015年4月のある晩、ラッキー・プーンジーさん(32)は、カリフォルニア州サンディエゴにある母親と養父の家から911番通報した。4日間眠れず、幻覚に襲われ始めていた。家族は、数日前の音楽フェスティバルで摂取した薬物が原因だと考えている。
この日、プーンジーさんは、息子の2歳の誕生日を祝うため、妻とともに母親の家を訪れていた。だが夜になって、妻と養父のグレグ・ケリーさんは、プーンジーさんを救急治療室に連れて行って、鎮静剤を打った方がいいと判断した。
午後10時13分に、プーンジーさんは911番通報した。「緊急事態だ。誰かが私たちを殺そうとしている」
ケリーさんが電話を取り上げ、「いま電話した者は、幻覚状態にある。病院に連れて行きたい」と語り、家に武器がないことも告げた。
警察官が到着した時、プーンジーさんは安心したように見えたという。警官は名乗った後、プーンジーさんに後ろを向いて手を上げるよう告げた。
プーンジーさんは指示に従いかけたものの、警官になぜかと理由を聞いた。警察官の1人がプーンジーさんの手に手錠をかけた。「待ってくれ。僕が警察を呼んだんだ。なぜ手を上げないといけないんだ」と、プーンジーさんが尋ねた。
すると、もう1人の警察官が、テーザー銃で彼を撃った。
「話しをしようともしなかった。ショックだった」と、ケリーさんはその時の状況を振り返った。
驚いたプーンジーさんは攻撃的になり、警察官と掴み合いになった。応援の警察官が到着し、プーンジーさんは警棒でなぐられ、手足を縛られて救急車に乗せられた、と家族は話す。
病院に向かう途中で、プーンジーさんの心臓が停止。その後、脳死と宣告され、家族の同意で生命維持装置が外されて、彼は死亡した。
警察側は、プーンジーさんはテーザー銃を使う前から攻撃的になり、彼を鎮静化させるために数回スタンガンを発射せざるを得なかったと主張する。
プーンジーさんの遺体からは、大麻と幻覚誘発剤の成分が検出された。地元の検死局は、「興奮剤由来の精神状態」において物理的な拘束を受けた後の心臓発作による「事故」だったと結論付けた。
プーンジーさんの遺族は、過剰なスタンガン使用などが死亡原因になったとして、 地元当局などを相手取り提訴した。当局側は責任を否定し、訴訟が継続している。
怖がらないで
警察官によるテーザー銃使用に絡んで発生した多くの死亡事故と同様に、プーンジーさんの死も、救助を求めた緊急通報が発端となった。法廷記録によると、こうした911通報の半分近くが家族からの通報だ。
2014年12月16日の夜、ジェームズ・ウィリアムズさん(43)は、ジョージア州ダグラスビルの自宅で、妻のアササさんに、風邪を引きそうだと告げた。ウィリアムズさんは、市販の風邪薬のほかに、ラム酒を紅茶に混ぜたものを飲んで、眠りについた。
午前4時頃、ウィリアムズさんは突然アササさんを起こし、胃が痛んで寒気がすると言った。室温は27度近くあったが、ウィリアムズさんはシーツを体に巻きつけると、てんかんの発作を起こした。
シンガー・ソングライターとして活動し、3人の息子の父親でもあるウィリアムズさんは、2カ月前にも発作を起こしていた。アササさんは、その時の医師の指示を思い出してウィリアムズさんを横向きに寝かせると、911番通報した。「夫が発作を起こした。助けて」
ウィリアムズさんは、14年の結婚生活でアササさんが一度も聞いたことがないような甲高い悲鳴を上げた。アササさんは、「ただの発作。怖がらないで」と声をかけた。
ウィリアムズさんは、部屋を抜け出すと、トイレの便座に頭を打ちつけ、シャツを脱ぎ捨てた。アササさんは18歳の長男バシールさんにもう一度911番通報をするよう頼んだ。「早く来るように言って」