スタンガンは本当に安全? 米国で多数の死亡例報告
精神疾患など衰弱患者に対するテーザー銃使用に関する研究は、ほとんど行われていない。倫理上の制約が一因となっていると、スタンガンについて共同研究を行ったスタンフォード大学・刑事司法センターのジェナ・ニューシェラー氏は指摘する。
「精神疾患者や、薬物の影響下にある人、心臓疾患がある人や妊婦にたいして、実際どのような影響を与えるか分かっていない。彼らに実験してみるわけにもいかない」と、ニューシェラー氏は言う。
スタンフォード大の研究によれば、テーザー銃は、あるグループに対して使われるべきではないとしている。
約150件のテーザー銃の使用事例を分析したこの研究では、「薬物やアルコールの影響下になく、妊娠しておらず、精神疾患を患っていない健康な人に対して、認められた部位に5秒間ショックを与える」場合に限り、この銃の使用は安全だと結論付けている。
「テーザー銃はやめて」
マカダム・リー・メイソンさんが、テレサ・ダビドニスさんとその子供たちと一緒に住んでいたバーモント州の自宅からふらふらと出てきた時、その表情は茫然としていた。発作から回復しつつあるときは、いつもそんな様子だった。
だが2012年のある6月の午後、自宅を囲んだ州警察は、そうは受けとめなかった。
アーティストだった当時39歳のメイソンさんは、高校時代の自動車事故の後遺症で、精神疾患の症状や発作に悩まされていた。
その日の午後、メイソンさんはカウンセラーに自ら電話し、発作を起こし、怒りのあまり自分自身もしくは他の誰かを殺害してしまいそうだと告げた。これを受け、警察はこの日の午後、彼の自宅を訪ねた。その時は、ダビドニスさんが応対し、いつもの症状なので心配ないと説明していた。
その後の様子を確認をしようと警察が再び自宅を訪れたとき、ダビドニスさんは不在で、ドアを叩いても応答がなかった。警察は、メイソンさんが周囲の林に隠れているのではないかと考え、警戒態勢を取った。ダビドニスさんが用事をすませ帰宅したのは、その時だった。
警察官のデービッド・シャファー氏は、茫然とした様子で庭を横切るメイソンさんを発見。ライフル銃を低く構えて近づき、地面に伏せるようメイソンさんに指示した。
メイソンさんは手を上げ、草の上に座り込んだ。だが、顔を下にして伏せるよう指示するシャファー氏を無視して、再び立ち上がった。そして、「撃ってくれ」と言った。ダビドニスさんの目の前で、シャファー氏はライフルをテーザー銃に持ち替えた。
「私は、『テーザー銃はやめて。さっき発作を起こしたばかりで、死んでしまう』と叫んだ」と、ダビドニスさんは振り返る。「でも警官は発射し、針が彼の胸にささって、スローモーションみたいにふらふらと崩れ落ちた」
メイソンさんは心停止に陥り、死亡した。医療検査官は、死因について、「電撃武器の使用による突然心停止」だったとして、スタンガンの使用に原因があると結論付けた。
メイソンさんの母親、ロンダ・テイラーさんは、メイソンさん自身が風景画をペイントした小さな木箱に彼の遺灰を入れ、持ち歩いている。「警官が、精神疾患のある誰かをこんな風に殺すことで、その母親も殺すのだ」と語る。
息子の死後、テイラーさんは、アメリカ自由人権協会のロビー活動を支援し、州政府にテーザー銃の使用規制を導入するよう働きかけた。
バーモント州は2014年、警察がテーザー銃を使用できる状況を限定する州法を制定し、それを携帯する警察官の訓練基準も定めた。例えば、テーザー銃使用は、相手が「攻撃的な行動を取っている」場合に限定されている。
「説得する時間を取りたくないからといって、テーザー銃を使ってよいわけがない。子どもをこんな風に失う人が、他にいてほしくない」とテイラーさんは語り、涙を流した。
精神的な危機状態にある人への対応は困難を伴うため、「危機介入訓練(CIT)」を導入する警察署が増えている。テネシー州メンフィスで1988年に最初に導入されたCITは、スタンガンなどの強制力を使うのではなく、状況の沈静化へと導くことに重点を置いている。
だが、全米の警察機関1万8000のうち、CITを導入したのは3000程度にとどまるとみられている。
アリゾナ州フェニックスの警察では、2000年にCITを導入し、警官500人以上が訓練を受けた。また2015年以降、精神疾患のある人への接し方について8時間研修の受講を全警察官に義務付けている。テーザー銃の使用頻度は、2006年の330回から、2016年には158回に急減した。
テーザー銃の訓練を担当するビンス・ルイス巡査部長は、この銃の使用は「最後の手段」となりつつあると話す。「精神疾患に苦しむ人に対応する場合、最善の方法は時間をかけて話をすることだ」