最新記事

外交戦略

ロシアが狙う地中海という足場

2017年8月31日(木)15時30分
トム・オコナー

「反NATO」の地位確立

「ロシアはこの協議を利用して、トルコと他のNATO加盟国との間にくさびを打ち込もうとしている」とカサグランデは言う。「NATOを弱体化し、混乱させようというロシアの世界戦略の一環だ」

しかも、その戦略は功を奏しているようだとカサグランデは言う。

まず戦術レベルでは、アサド政権側は急速に失地回復を果たしている。今やフランスのエマニュエル・マクロン大統領でさえ、6年以上に及ぶシリア内戦の終結には「アサド退陣」が前提だとの主張を取り下げている。政府軍は国土の西半分を(反政権派の拠点都市である北部イドリブを除いて)ほぼ制圧した。東部への進軍を続け、ISISの占拠するデリゾールへと向かっている。

一方で、ロシアの目は西方に向いている。黒海艦隊に属する軍艦15隻を含む海軍の精鋭部隊を地中海東岸に集め、そこに恒久的なプレゼンスを築くつもりだ。これらの艦船が拠点とするのはシリアの沿岸都市タルトス。ロシア政府は向こう50年ほど、ここに海軍基地を置くことでアサド政権の合意を取り付けている。

mag170831-russia.jpg

地中海東部に展開するロシアの艦隊は、今のところシリア領内にあるISISの拠点に向けて最新鋭の巡航ミサイルを撃ち込んでいる。しかし、この核弾頭搭載可能なミサイルがNATO加盟国内の標的を射程に収めるのは時間の問題だ。

「シリアへのロシアの関与は、中東地域全体で影響力を拡大させたいというロシア政府の願望と確実に関係がある」と言うのは、シンクタンク「セクデブ・グループ」の主任アナリスト、ニール・ハウアー。その証拠に、ロシアはタルトスの海軍基地でもラタキアの空軍基地でも施設の近代化工事を予定しているという。

「こうした動きは、シリアの反体制派やISISの掃討に必要なレベルをはるかに超えている。今後、この地域でロシアが主役の座を確立し、NATOに対抗する存在としての地位を築くことが目的なのは明らかだ」

【参考記事】<発言録>冷徹、強硬、孤独な男ウラジーミル・プーチン

つまり、ロシアの野望はシリアだけでは終わらないということ。既にエジプトでロシアの特殊部隊が目撃されたという情報もある。リビアで政治的影響力を増大させつつあるハリファ・ハフタル司令官に接近している気配もある。ホーシー派(シーア派の反政府武装勢力)に対するサウジアラビア主導の軍事攻撃で大きな打撃を受けたイエメンにも、ロシアが軍事的に進出できる余地がある。

今のNATOは北のバルト海沿岸諸国などでロシアと厳しく対峙しているが、気が付けば南のほうでロシアが影響力を拡大し、ソ連時代に劣らぬ勢力圏を築き上げているかもしれない。

「プーチンは既にリビアやエジプト、イエメンのような国々で戦略的に好ましい条件を作り出している」と、カサグランデは言う。「ロシアは中東で実に巧みに立ち回り、長い目で見て自分たちに有利な状況を生み出している」

<本誌8月29日号「特集:プーチンの新帝国」から>

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中