最新記事

シリア内戦

シリアの真の問題は化学兵器ではない

2017年5月2日(火)00時30分
ポール・D・ミラー(クレメンツ国家安全保障センター副所長)

爆発で負傷した子供を抱きかかえるシリアの反体制派メンバー Khalil Ashawi-REUTERS

<アサド政権のサリン空爆に即座に反応したトランプ米大統領。しかし憎むべき相手は兵器ではなく殺戮行為そのものだ>

バラク・オバマ前米大統領は12年に、シリアのバシャル・アサド政権による化学兵器の使用は「レッドライン(越えてはならない一線)」であり、それを越えたらアメリカの判断基準も変わると警告した。

1年後、シリア政府が市民に神経ガスのサリンを使用した証拠が出た。オバマは軍事介入に踏み切ることはなかったが、「世界のいかなる場所でも、化学兵器の使用は人間の尊厳に対する侮辱であり、人々の安全を脅かす」と非難した。

「人間の尊厳に対する侮辱」という点は、ドナルド・トランプ米大統領も賛成のようだ。4月上旬にシリアの反体制派支配地域でサリンを使ったと思われる空爆が起こると、トランプはシリア空軍基地へのミサイル攻撃を指示した。

しかし、化学兵器の使用に対して国際規範にのっとり断固とした措置を取るという「信条」は、戦略的に意味がなく、道徳的に短絡過ぎる。

戦略的には、アメリカは通常兵器と質的な違いがない兵器の監視に、時間と資源を費やさなければならない。そして道徳的には、アメリカは犠牲者よりも兵器の性質ばかりに目を向けるという姿勢にも取れる。

化学兵器は一般に考えられているほど、通常兵器と比較して効率的に人の命を奪えるわけではない。

化学兵器は第一次大戦で「殺戮を繰り広げた」とされているが、最大1700万人の戦死者のうち、化学兵器による死者は9万人ともいわれる。さらに十数万人が化学的な被害を受けたが、大半は回復した。

【参考記事】突然だったシリア攻撃後、トランプ政権に必要なシリア戦略

では、なぜ化学兵器が特に非難されたのだろうか。まず、当時は兵器として新しく、あまり理解されていなかったため、兵士は当然ながら恐怖を抱いた。さらに、非紳士的で騎士道に反する卑劣な手段と見なされていた。いずれも職業軍人にとっては受け入れ難い。

化学兵器のこうした「評判」が、厳しい規制につながったことは間違いない。一方で、第一次大戦における本当の「大量破壊兵器」は、まず機関銃であり、次にインフルエンザだった。

98年にイラクの独裁者サダム・フセインは、北部のハラブジャ村で蜂起したクルド人住民の鎮圧に化学兵器を使用し、約5000人が死亡した。

ただし、毒ガスによる攻撃のほかにも約20機の戦闘機が十数回にわたって出撃し、前後に通常の爆弾による攻撃もあった。それだけの火力と時間を費やせば、化学兵器を使わなくても、同じくらいか、おそらくもっと多くの人を殺せただろう。

さらに、フセインなど化学兵器を実際に使った人々が気付いたように、兵器としての扱いが難しい。理想的な気象条件という人間の力が及ばない要素に左右されるからだ。

被害映像のインパクト

実際、化学兵器は製造と安全な保管にコストがかかるが、特別に有用でもない。だからこそ、冷戦終結後に主要国はあっさりと全面的に禁止したのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き 

ワールド

EXCLUSIVE-ウクライナ和平案、米と欧州に溝

ビジネス

豊田織機が株式非公開化を検討、創業家が買収提案も=

ワールド

クリミアは「ロシアにとどまる」、トランプ氏が米誌に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    アメリカ版文化大革命? トランプのエリート大学たた…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 5
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中