最新記事

海外ノンフィクションの世界

グーグルでヨガを広め、マインドフルネスの導き手となった男

2016年7月23日(土)06時47分
白川部君江 ※編集・企画:トランネット

マインドフルネスのノンフィクションでもある

 興味深いのは、本書『リセット』が、カライル氏の実体験に基づくノンフィクションとしても読めることだ。

 2013年、南アフリカのネルソン・マンデラ死去の報を受けると、カライル氏はいち早く「Google+(グーグルプラス)」で追悼イベントを立ち上げ、世界の人々と共有する企画に着手する。志を同じくする仲間たちとともに、コミュニケーションツールを駆使して一大プロジェクトを実現するまでの軌跡が語られていく。

 デズモンド・ツツ元大主教、ダライ・ラマ14世をはじめ、実業家のリチャード・ブランソン氏など、マンデラ氏と交流のあった著名人たちに参加を呼びかけ、見事に成功させる。まさに、マインドフルネスのなせるわざなのだ。追悼イベントの最後にダライ・ラマ14世は、人類が困難に直面したとき、「力(武力)ではなく、思いやりの心をもち、憎しみを捨てることだ」と語り掛ける。

 これはあくまで一例だが、他にも世界各地を旅した経験や、トライアスロンに挑戦したエピソードなどを交えながら、生活の中にヨガと瞑想を取り入れ、マインドフルネスを実践するための、さまざまなアイデアを伝授する。

印象的なセンテンスを対訳で読む

 最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は、『リセット』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●The one-inch cube of ice that was limited in its physical presence is now this entire oceanic system.
(物理的に限られた存在にすぎなかった、1インチ大のアイスキューブ。それが巨大な海洋系そのものになる)

――サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジから投げ入れたアイスキューブは溶けて太平洋の一部となる。氷としてのアイデンティティは失われるが、偽りの「自分」が生み出す苦悩から解放され、より大きな可能性と融合するというヨガの真理を分かりやすく説明している。

●Imagine you're trying to work through a complex mental task and you're in the middle of Times Square, with all its noise and commotion and confusion, with so much to see, so many distractions coming at you from all directions.
(ちょっと想像してほしい。あなたは今、ニューヨークのタイムズ・スクエアのど真ん中にいる。たくさんの人、車、バス、カラフルな動画広告。喧噪やざわめきとともに、いろいろなものが次々に視界に入ることだろう)

――瞑想は、タイムズ・スクエアの喧噪をのがれて、ウェスティンホテルやダブルツリーの部屋にこもるのと似ている。心を落ち着けて、意識をクリアにすることで、明晰な思考と集中力が得られる。結果的に、複雑な作業も効率よく終わらせることができるという。

●"Gopi," he said, "why don't you start with one breath? Because an hour of meditation is about six hundred breaths strung together, and you have to get past the first breath and the second before you get to the six hundredth."
(「ゴーピ、ヨガの呼吸を1回だけやってみるのはどうだろう? というのも、1時間の瞑想は呼吸を約600回繰り返す。だけど最初の呼吸を終えてからでないと、2回目の呼吸に入ることはできない。結局600回に達するまでそれの繰り返しなんだ」)

――ヨガと瞑想を毎日続けるために、何か工夫できることはないだろうか。そう考えた著者が、同僚で友人のチャディー・メン・タン氏(『サーチ・インサイド・ユアセルフ』著者、邦訳・英治出版)に相談してみたところ、返ってきたのがこの思いがけないアイデアだった。たとえ1分という短い時間でも、習慣にすることで効果があるという。

◇ ◇ ◇

 ヨガと呼吸ひとつで世界を変えることができるかもしれない――そんな期待を抱かせてくれる一冊だ。


『リセット――
Google流 最高の自分を引き出す5つの方法』
 ゴーピ・カライル 著
 白川部君江 訳
 あさ出版

本書をテーマにグーグルでゴーピ・カライル氏が行ったスピーチ(2016年2月)

©トランネット
trannetlogo150.jpg

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中