最新記事

映画

監禁生活を送る母子の人生を取り戻す闘い

『ルーム』は外界との接触を断たれた女性の苦闘を描きつつ生きる希望を伝えている

2016年4月8日(金)16時25分
デーナ・スティーブンス

閉ざされた世界 ジョイ(右)は監禁中に息子ジャックを産み、前向きに生きていこうとする ©Element Pictures/Room Productions Inc/Channel Four Television Corporation 2015

 突然誘拐され、何年にもわたって外界と遮断した環境に閉じ込められ、犯人に体を思うままにされる──想像することさえためらってしまうような恐ろしい状況だ。

 いつ終わるとも知れない監禁下で過ごす時間の長さだけでもつらいのに、生活に必要最低限のものしか与えられないなかで、被害者は心の健康をどうやって維持していくのか。被害者は生き続けるためのどんな理由を見いだすのか。犯人に強姦されて妊娠してしまった場合には、どんな気持ちで子育てに臨むのか──。

【参考記事】1000件以上黙殺されていた神父による児童への性的虐待

 レニー・アブラハムソン監督は最新作『ルーム』で、監禁下で子供を育てる女性の日常を、真正面から見据えて描いている。原作となった小説『部屋』(邦訳・講談社文庫)の著者で、映画の脚本も担当したエマ・ドナヒューは、オーストリアで24年間にわたって実の父親に地下室に監禁され、7人の子供を産んだ女性の実話から物語の着想を得たという。

 ここで描かれる犯罪はオーストリアの事件ほどショッキングではないが、同じくらい痛ましい。ジョイ(ブリー・ラーソン)は19歳のときに見知らぬ男(ショーン・ブリジャース)に誘拐され、男の自宅裏庭に建てられた防音の小屋に監禁される。2年ほど精神的にどん底をさまよった後に、ジョイは1人で男の子を出産。この子が前向きに生きていく理由となる。

【参考記事】次のジェームズ・ボンドは誰だ

 ジョイは母子の生活を彩るためにさまざまな日課をつくり、それを通して息子ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)に読み書きや簡単な算数を教える。歌も歌うし、誕生日ケーキを焼いたりもする。だが2人の生活は「オールド・ニック」と呼ばれる男(つまり誘拐犯)の訪問によってしばしば邪魔される。

 原作の小説は、自分の内側の世界と外界の区別がつくようになった年頃のジャックの視点でつづられる。だが映画では同じ手は使えない。そこで撮影監督のダニー・コーエンは、低い視点からのクローズアップを多用して、幼い子供の目に映る世界をうまく描き出した。

3.5メートル四方の薄汚れた狭い部屋も使い古された日用品も、ジャックの視線からは輝くような美しさが感じられる。ナレーションやムードあふれる音楽をあれほどかぶせなければ、観客はもっと作品の世界に引き込まれたかもしれない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル首相「レバノン停戦を確実に履行」、安保閣

ワールド

カナダ首相、米関税巡り州と協議へ トランプ氏主張に

ビジネス

米ベスト・バイ、通期業績予想引き下げ 家電需要の低

ワールド

トランプ関税、インフレを悪化させ雇用を奪う=メキシ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老けない食べ方の科学
特集:老けない食べ方の科学
2024年12月 3日号(11/26発売)

脳と体の若さを保ち、健康寿命を延ばす──最新研究に学ぶ「最強の食事法」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳からでも間に合う【最新研究】
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    こんなアナーキーな都市は中国にしかないと断言できる!?──重慶市の通勤風景がtiktokerに大ヒット
  • 4
    早送りしても手がピクリとも動かない!? ── 新型ミサ…
  • 5
    放置竹林から建材へ──竹が拓く新しい建築の可能性...…
  • 6
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 7
    バルト海の海底ケーブル切断は中国船の破壊工作か
  • 8
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    トランプ関税より怖い中国の過剰生産問題
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 7
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 8
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中