最新記事

ヨーロッパ

アメリカは孤立無援のメルケルを救え

2016年2月25日(木)18時33分
デーモン・ウィルソン

 どんなに有能な指導者も、孤立すればお手上げだ。

 メルケルは今も自らが率いるキリスト教民主同盟(CDU)と国内政治の主導権を握っている。自分を蹴落としそうな人間を慎重に排除してきたこともあって、今すぐ彼女に取って代われる指導者はいないと、大半のドイツ人は見ている。それでも、支持率は昨年4月の75%から年初には46%まで落ち込んだ。

 保守的なCDUの内部では以前からメルケルの穏健路線に批判的な声が多かった。そうした状況でも党指導部は集票力のあるメルケルをもり立ててきたが、世論の後押しがなくなれば、党内での立場も危うくなる。Brexit(ブレグジット、イギリスのEU離脱)をめぐる議論の行方しだいでは、あるいは新たなユーロ危機が勃発するか、春になって再び難民が大量に流入すれば、メルケルはたちまち足をすくわれかねない。

【参考記事】ドイツがアフガン難民の大半を本国送還へ

 ドイツでは来月、3州で選挙が実施される。有権者の判断しだいではメルケルが支持基盤を固めて混乱の収束に道を開くことができるだろう。

ドイツ人の人道精神にも限度がある

 それを助けるのがアメリカの役目だ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナに侵攻し、NATO(北大西洋条約機構)の東端の国々に攻撃的な姿勢を見せたときには、やむなく、だが決然としてNATOの旗振り役を務めた米政府だが、難民危機にはこれまで口出しを控えてきた。

 今春に予定されているオバマのドイツ訪問は、アメリカがEUの団結を助ける伝統的な役割を取り戻すチャンスになる。オバマは「リーダーシップをとるパートナー」としてメルケルに協力し、難民危機への対応策を打ち出すべきだ。寛大な資金援助は既に行っているが、それだけでは足りない。

 米政府はドイツ政府とともにヨーロッパの端で大勢の難民を受け入れてきたトルコとギリシャを助け、エーゲ海を通じて押し寄せる難民の数を減らし、シリアの近隣諸国のキャンプにいるさらに多くの難民たちを支援することで、秩序立った帰還や第三国定住を始めるべきだ。

【参考記事】難民の子供の水死、2カ月で90人

 この混乱をある程度収拾できる力を見せなければ、ドイツ人は人道的精神を維持することができない。そうなれば、大変なことになるだろう。

 ブッシュは統一ドイツを支持していた。だが、共にリーダーシップを担うには、ドイツはまだ弱い存在だった。メルケルは、注意深いながらも指導力を発揮する準備を遂に整えた。だが米政府は、真のパートナーとしてメルケルと共に世界をリードする代わりに、頼り切ってしまった。

 オバマ政権の難民危機や欧州情勢一般に対する姿勢は、危機がほどほどの程度に留まっているうちは適当かもしれない。しかしヨーロッパは今、危機の奔流のなかにある。その中心にいるのは依然としてメルケルだが、彼女とEUの運命は、アメリカの指導力と積極的関与に関わっている。

Damon M. Wilson
is executive vice president for programs and strategy of the Atlantic Council.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 5

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中