最新記事

欧州

戦犯ムラディッチ拘束に怒るセルビア人

ボスニア内戦でムスリム虐殺を指揮したムラディッチだが、セルビア人は彼を英雄視する

2011年5月27日(金)16時56分
ササ・ミロシェビッチ

号外発行 ムラジッチ拘束を伝える地元紙(ベオグラード、5月26日) Reuters

 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷から戦争犯罪などの罪で起訴され、逃亡していたセルビア人武装勢力指導者ラトコ・ムラディッチが拘束された。このニュースを受けて、セルビアの首都ベオグラードの中心部では若者が集まり、ムラディッチの拘束に怒りの声を上げた。

 ボスニア内戦の終結から15年以上、NATO(北大西洋条約機構)軍による空爆でコソボ紛争が終結してから10年以上が経つが、バルカン半島の緊迫はまだ続いている。ムラディッチの拘束に対する市民の反応から、多くのセルビア人がまだ内戦の傷を抱えていること、そしてEU(欧州連合)加盟のために戦犯を引き渡すという条件に疑念を持っていることがうかがえる。

 EU統合セルビア事務所のミリカ・デレビッチ所長によると、現在EU加盟を望んでいるセルビア国民は57%で、02年以来最低の割合だ。セルビア人は戦犯引き渡しを求めるEUの要求を恐喝と見ている。さらに国外旅行をするセルビア人が増えるにつれて、実際に見るEUが政治家が喧伝するような「バラ色の社会」とは異なると実感し始めた。

 ムラディッチ拘束を受けて、セルビア語のネット上には怒りの声も書き込まれている。「セルビアは何も得られない」「セルビア人はこれから、特にボスニアで大きな圧力にさらされるだろう」

ロシア亡命説もあったが

 ムラディッチの拘束は衝撃をもって受け止められた。ムラディッチは、ボスニア紛争時のセルビア人勢力の軍司令官だった男。セルビア人は政治的にも法的にも、彼には手が出せないだろうと思っていた。人々の間では、ムラディッチはロシアで強力な政治的保護の下に暮らしているか、あるいは既に死亡していると言われていた。

 ムラディッチの故郷のボスニアの村では、彼のいとこが「拘束されるとは思わなかった。彼はセルビア人を守っただけだ」と、地元メディアに語っている。

 ムラディッチ家の代理人によれば、彼の妻と息子は拘束に対してショックを受けているが、生存が確認でき安堵してもいるという。

 戦犯法廷はムラディッチを虐殺や人道に反する罪、戦争犯罪で起訴している。ボスニア東部スレブレニツァでイスラム系住民8000人余りの殺害を指示したとされている。

 ムラディッチが拘束されたのは、ベオグラードから北へ約65キロのラザレボ村。テレビで拘束を知っり怒った住民たちが、ムラディッチが住んでいたとされる家の外に集まり、テレビ局のクルーが使っていたケーブルを抜いたり記者たちを襲ったという。村には愛国心を鼓舞する曲が響き渡り、地元のセルビア正教会では司祭がムラディッチの無事を祈った。
 
 ベオグラードでも街の中心部で若者のグループが愛国的な歌を歌うなどの現象がみられたため、セルビア警察は組織的な集会を禁止し、警備を強化した。

 ある世論調査によれば、セルビア人の51%がムラディッチの身柄引き渡しに反対だった。フェースブックのセルビア国防相のページには、あるユーザーが「まるで自分が拘束されたようだ」と書き込んだ。「われわれは誰しも神の前では小さな存在だ」

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米5月住宅建設業者指数45に低下、1月以来の低水準

ビジネス

米企業在庫、3月は0.1%減 市場予想に一致

ワールド

シンガポール、20年ぶりに新首相就任 

ワールド

米、ウクライナに20億ドルの追加軍事支援 防衛事業
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中