最新記事

インド

シン首相が仕掛けるインド版ビッグバン

2期目で政権基盤を固めた改革派首相が「就任100日」計画でねらう生産性大革命

2009年7月8日(水)16時27分
ジェーソン・オーバードーフ、スディブ・マズムダル(ニューデリー支局)

謙虚な経済通 政敵には弱い指導者とたたかれたが、シンの改革案は過激で大胆 B Mathur-Reuters

 過去15年間の大半、インドの政治はあまりに混沌としていて首相就任後100日間の目標はただ1つ、権力の座から転げ落ちないことだった。だがマンモハン・シンは、現職の首相として戦った5月の下院総選挙で圧勝。折からの世界金融危機も相まって、アメリカの新しい大統領と同じく最初の100日で何を成し遂げられるかが注目の的になっている。

 最大与党のインド国民会議派が過半数近い議席を獲得したことで、シンは官僚主義を打ち破り成長志向の経済政策を取ることもできるようになったと、専門家はみる。彼らはシンのために長い「ToDoリスト」も作っている。

 だがおそらく、誰より大胆で革新的な政策を打ち出しているのはシン自身だろう。まだ誰も彼に期待していなかった選挙戦の間に練られたシンの100日計画には、具体的で実のある政策が詰まっている。国有企業株の売却や半官半民企業のリストラに関するルール、ざっと150億ドル規模の道路開発計画の遅れの解消、食品の安全に関する新法制定など。

 これらすべてを合わせれば、インドが10年近く待ち望んできた「ビッグバン(大改革)」になるかもしれない。右派と左派両方の政敵を撃破し、国民会議派総裁のソニア・ガンジーとその長男で幹事長のラフルの絶対的な信頼も得て、シンはそのすべてをやり遂げる可能性がある。

中央から地方に資金と権限を移譲

 しかし誰もがシンのやり方を歓迎しているわけではない。シンは何より91年のインド経済開放の立役者として知られるが、今は自由化一辺倒ではない。

 シンとソニア、ラフルの3人は、インドを改革、いや改造する気だ。だがそれは必ずしも、国際金融マンや多国籍企業の経営者が望むような形でではない。代わりに彼らが目指すのは「包括的な成長」。うまくいけば、世界の途上国の行程表にもなり得る新たな道筋を切り開こうとしている。

 その中心には、一見改革とは思えない政策がある。その筆頭が、地方雇用保障制度(NREGS)と情報公開法(RTI)。一部の経済学者には人気取りのばらまき政策と非難されるNREGSは実のところ、腐敗したインドの政府機関に革命を起こして資金が効率よく末端に届くようにするもの。村単位の選挙で選ばれた議員に前例のない規模の資金と権限を移譲することで、貧困層を役人による中間搾取から守る計画だ。

 シンはこの政策で、お金を最も効率的に使ってくれそうな人々の手に渡らせ、社会の安定を通じて生産性の爆発をもたらすだろうと考えている。

 一方、議会は05年に施行されたRTIの適用範囲を拡大し、さらに新しい法律をいくつか通すことで、官僚や政治家、裁判官などの行いを白日の下にさらし、不正を防止しようとしている。

 政府庁舎のごみ箱の紙くずまでが機密情報と見なされるようなこの国で、RTIは画期的な法律だった。国民は初めて、地元の配給所や政府部門の帳簿を開示させ、腐敗した役人が架空の支払いや盗みによってどれだけ上前をはねているのか知ることができるようになった。役人は情報公開請求に30日以内に応じなければ罰を受けるため、インドの通常の裁判制度よりはるかに素早く白黒をはっきりさせることができる。

 それでも最近まで、RTIの潜在的な可能性をフルに活用しようと思った者はいなかった。今はラフルがそれをしている。党青年部の若者たちに多くの情報を請求させて、官僚主義のバリケードを突破しようとしているのだ。

投資家の期待で株価は28%上昇

 その影響は革命的なものかもしれない。会議派が予想外に得票を伸ばしたインド最大のウッタルプラデシュ州では、元警官で今は会議派のRTI支部を率いるシャイレンドラ・シンが昨年9月に逮捕された。あまりに目障りな存在になったため、同州のマヤワティ首相が逮捕を命じたのだ。ラフルが動員する若手党員の増加とともに、当局が逮捕したくなる活動家の数も膨れ上がるだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

USスチールは米にとどまるべき、バイデン氏の方針変

ビジネス

インフレ鎮静化は進行中、「相当な」不確実性ある=S

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米指標が労働市場減速を示唆

ビジネス

米国株式市場=ダウ7日続伸、米指標受け利下げ観測高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 3

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 4

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 5

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    自民党の裏金問題に踏み込めないのも納得...日本が「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中