最新記事

前米大統領

ジョージ・W・ブッシュ流、第2の人生の探し方

2009年7月17日(金)15時00分
ビル・ミヌタリオ(テキサス大学教授)

 実際、ブッシュはいろいろな可能性を探っている。3月には退任後初の講演会をカナダのカルガリーで開催。聴衆の多くは石油業界関係者で、チケットは1枚400謖と報じられた。アメリカ大統領経験者の講演は巨額の報酬が支払われることで知られ、ブッシュも今後いくつか予定している。

 回顧録を書くのにも忙しい。自分の記念図書館とシンクタンクを一緒にした組織をサザン・メソジスト大学に建設する資金(3億謖)の調達にも精を出している。もちろん、テキサスの政財界でしかるべき地位も探りたい。

 1月20日にテキサスへ帰郷するに当たり、ブッシュは極めて賢明な選択をした。最初に降り立つ場所として、自分を間違いなく歓迎してくれるはずの町ミッドランドを選んだのだ。

 テキサス州西部にあるこの高級住宅地で、ブッシュ家は名門中の名門だ。ブッシュはここで育ち、町の有力者には友人も多い。妻ローラの出身地でもある。

 「食事やビールの振る舞いもないのに3万人が迎えた」と語るのは、ブッシュ家の会計士を長く務めるロバート・マクレスキー。「テキサスでは、大抵の人がブッシュに好意的だ。自ら下した決断を、最後まで曲げなかったからだ」

 8年間ワシントンで過ごしても、ブッシュはちっとも変わっていないと、テキサスの友人たちは口をそろえて言う。「いつ会ってもとても陽気だ」と言うのは、元大リーグの名投手ノーラン・ライアン。今はテキサス・レンジャーズの球団社長を務めている。

 大統領退任後、めったに公的な場に顔を出さないブッシュだが、4月にはテキサス・レンジャーズの開幕戦始球式でマウンドに立った。ライアンの企画だ。「すごい歓声だった」とライアンは言う。「とてもいい1日だった」

 マウンドを去ることの意味が、ライアンには痛いほど分かる。引退すれば「ただの人」なのだ。

称賛と批判のはざまで

 テキサス州知事時代のブッシュはメディアの受けもよく、非常に高い支持率を誇っていた。ブッシュの顧問だったカール・ローブは、ウィリアム・マッキンリー(第25代大統領)が昔の大統領選で用いた「玄関作戦」を借用し、オースティンにある白亜の知事公邸に、共和党幹部を次々と招いた。そして公邸の玄関に立つ共和党の大物たちに、ブッシュの大統領選出馬支持を表明させたのである。

 その公邸も、今や廃墟と化している。昨年6月の放火でほぼ全焼したのだ(犯人は捕まっていない)。かつて州議会で畏怖の念と共に口にされたブッシュの名も、今や禁句同然。「口にしてはいけない名だ」と言うのは、地元の政治コンサルタント、ビル・ミラーだ。「決まって否定的な反応が返ってくる。肯定的な反応はまったくない。時代も状況も変わった」

 今年に入って、ブッシュ家の牧場に近いウェイコ地区選出の州議員が前大統領をたたえる決議案を提出した。前大統領は「常に米国民の安全と繁栄を最優先に考え、誰にとっても非常に重要な多くの問題に毅然とした態度で対処した。そのたゆまぬ努力は長く記憶されるだろう」。ブッシュの「新たなテロ対策の手段」も評価されるべきだとする文面だった。

 毎年、似たような無数の賛辞が当たり前のように贈られてきた。だが、この決議案にはフォートワース選出の州議員が激しく抵抗した。「水責めなどの拷問」を容認したことを称賛するのはいかがなものか、という意見だった。原案は撤回され、手直しして再提出された。しかし4月下旬の公聴会には、賛成派も反対派も現れなかった。法案は棚ざらしのまま。今のブッシュ本人にどこか似ている。

 ワシントンを去ってわずか1カ月余りの頃、ブッシュはダラスの新居に近いパーシング小学校にふらりと現れたと、地元のブロガーは書いている。おじさんが誰か知っているかい、とブッシュが尋ねると、1人の生徒が叫んだ。「ジョージ・ワシントン!」

 ブッシュは即座に答えた。「いやジョージ・ワシントン・ブッシュだ」

 今のテキサスに、ブッシュがワシントンへ旅立ったときのような活気はない。失業率は上昇し、景気後退の一段の深刻化が危惧される地域もある。今も強固な共和党の地盤だが、州議会でのリードはわずか2議席。04年にブッシュと大統領の座を争ったジョン・ケリーの同州での得票率は38%だったが、バラク・オバマは44%と躍進した。昔とは違うテキサスで、昔と同じブッシュの居場所を見つけるのは、容易なことではない。

 サザン・メソジスト大学に記念図書館とシンクタンクを設立する計画も難航している。ブッシュ政権の業績を誇示し、その問題点を取り繕うような施設ができたら、大学の学問的中立性が損なわれるという批判があるからだ。もちろんブッシュ支持派は、21世紀のグローバルな問題を研究する機関だと反論しているのだが。

 大学関係者が図書館建設のために違法な地上げを行ったとする民事訴訟では、州の法廷がブッシュに最大6時間の宣誓証言を命じている。ブッシュの弁護士は拒否する構えだ。現職であれ元職であれ、大統領が裁判で証言を求められるのは極めて異例である。

 この間も、ブッシュは同大学の教室で講演したりトレーニング施設を利用したり、あるいは有力者との旧交を温めたりしている。

 「前大統領はいつもキャンパスにいるようだ」と語ったのは、次期学生会長のパトリック・コブラー。「彼が打ち出した政策すべてに賛成できるわけではないが、彼は誠心誠意やってきたと思う。人気取りではなく、自分の信ずるところに従って行動してきた」

 友人たちによれば、ブッシュは今、自宅の近くに開いたオフィスで回顧録の執筆に力を入れている。大統領在任中のことと、ワシントン入りする前に下した決断(40歳で断酒したときのことなど)が中心になりそうだ。

 「本を書いているのは知っている」と、ブッシュの長年の友人である富豪のトム・ヒックスは言う。「後世の人はきっと、今のニューヨーク・タイムズその他のマスコミよりも自分を評価してくれる。彼はそう信じているようだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中