最新記事
映画

『PERFECT DAYS』のヴィム・ヴェンダース監督が惚れた役所広司の「まなざし」

2023年12月21日(木)17時43分
大橋希(本誌記者)

2P.jpg

「役所広司が演じたからこそ平山がリアルになった」と語るヴェンダース ©Peter Lindbergh 2015

ヴェンダースといえばロードムービーの『パリ、テキサス』や、詩的なファンタジーの『ベルリン・天使の詩』がよく知られている。一方で、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『セバスチャン・サルガド 地球へのラブレター』などさまざまなテーマのドキュメンタリーを手がけ、敬愛する小津安二郎監督へのオマージュである『東京画』も発表している。

『PERFECT DAYS』はこれらの作品との共通点を感じさせ、ヴェンダースにとって一つの集大成と言っていいのではないか。映像、音楽、筋書きと役者の演技──映画の持つ全ての要素が、完璧に調和している。

平山がニコに向かって力説する「この世界は本当はたくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界がある」という言葉。平山が足を止めて見入る木漏れ日。古いカセットテープから流れる曲。そんな忘れ難い場面や瞬間がたくさんある。

役所は23年5月のカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。その存在感は言うまでもない。何をやっても本人にしか見えない俳優もいるが、役所は役所でありながら、演じる人物にしか見えない。本作でも寡黙で仕事熱心、自分だけの楽しみを知っている平山その人そのままだ。

平山が理想的すぎる人物にならなかった理由

ヴェンダースの思う役所の魅力は、まなざしだ。「彼が特別なのは、悪役を演じていてもとても優しい目をしていることだ」と話す。

「多くの人がネガティブに捉え得ることも、平山にとってはそうではない。たくさんの物を持たないが十分に足りていて、日々の繰り返しの中にも新しいものを発見する。はたからは『貧しくて孤独な人』に見えることもあるかもしれないが、本人は孤独を感じていないし、豊かな気持ちで、人生を愛している。そんな平山が理想的すぎる人物にならなかったのは、役所広司が演じたから。あの優しい瞳を持ち、地に足の着いた人物だからこそ、観客は彼の視点で世界を見ることができる」

『PERFECT DAYS』を撮って、自分には日本の魂があると感じたというヴェンダース。その魂とは「日々の生活で細部を格別に大切にすること」。ほかの国では見られないもので、「光」とリンクしているように感じるという。「公共の利益を大切にすることや、他人が必要とするものへの敬意もそうだ。私自身の文化(ドイツ)にはない敬意を感じる。例えばベルリンの地下鉄では争いが多く、混雑時は本当にひどいので乗車を避けている。でも東京では、混んでいるときでさえ苦労しない。人々が共にいるときの在り方が違うのだろう」

作品のパンフレットにはヴェンダースから平山への手紙がある。ドイツに戻ってから平山を恋しく思っていること、「Komorebi(木漏れ日)」を見ては彼を思い出し、時には写真を撮ったりしていることなどがつづられ、最後にはこうある。「あなたは『ただのフィクション』ではない!あなたは何かしらの方法で実在しているのです。それが結局のところスクリーンのなかだけだったとしても」

きっと観客も同じように感じることだろう。

PERFECT DAYS
PERFECT DAYS
監督╱ヴィム・ヴェンダース
出演╱役所広司、柄本時生、中野有紗ほか
日本公開は12月22日

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ウクライナ軍事訓練員派遣の予定ない=軍制服組ト

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、FRB当局者は利下げに慎

ビジネス

米国株式市場=ナスダック最高値、エヌビディア決算控

ワールド

ICC、ネタニヤフ氏とハマス幹部の逮捕状請求 米な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中