最新記事

海外ノンフィクションの世界

人生は長距離走、走ることは自らと向き合うこと──走らない人の胸も打つウルトラトレイル女王の哲学

2022年3月1日(火)16時55分
藤村奈緒美 ※編集・企画:トランネット

こうして超人的な走りを見せてきたホーカーだが、やがて度重なる疲労骨折に苦しむことになる。走るどころか日常生活にさえ支障をきたす、つらい日々が続く。だが、これは新たな展望を得るきっかけでもあった。

レースでは出場者を見守る側に回り、順位を問わず懸命に走るランナーたちの姿に感銘を受ける。そして、いったん走ることから離れ静養する期間を経ることで、自らを見つめ直し、自分にとって走ることがどのような意味を持つか、自分は何者かを改めて認識していくのである。

trannet20220301run-4.jpg

ネパール、色彩豊かなボウダの裏通りを駆ける ©Alex Treadway(『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』より)

走り続けていれば、新たな景色が見えてくる

本書はランニングの手引書ではない。トレイルランニングを趣味とする人だけのための本でもない。ホーカーは走ることを通して自分の内面を掘り下げ、人生の意味を探る。その体験こそ、彼女が読者と分かち合おうとしているものだ。

彼女のランナーとしての人生は、順調な時ばかりではない。

けがや痛みや疲労のために完走が危ぶまれることもある。好成績であっても、納得のいく走りができなかったときは自責の念にとらわれる。天候や政治問題など、外的要因に阻まれることもある。レースへの参加を断念せざるを得ないこともある。だが、そのような経験すらも彼女は自らの糧とする。

trannet20220301run-5.jpg

ホーカーの足、2009年撮影 ©Damiano Levati(『人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学』より)

また、走ること自体は自分ひとりで行うしかないが、人々とのつながりを感じていれば決して寂しくはない、とホーカーは言う。

走る自分の周囲には、支えてくれる大勢の人々がいる。レースで同じ体験を分かち合うランナーたち。自分を見守り、サポートしてくれる仲間たち。自分の姿に勇気づけられたと言って応援してくれる人たち。ヒマラヤ地域で出会った、貧しいながらも温かくもてなしてくれる人たち。

そのような人々に対する信頼や尊敬、感謝の念を抱きながら彼女は走り続け、走ることを通じて人生そのものの意味を見出していくのだ。

人は皆、人生という長距離走に挑んでいると言える。順調に走れるときばかりではなく、困難に直面することもある。だが、山であれ谷であれ雨の中であれ、ひたむきに走り続けていれば、いつのまにか新たな景色が見えてくる。

そして、その道のりは決して孤独ではない。

人生を走る――ウルトラトレイル女王の哲学
 リジー・ホーカー 著
 藤村奈緒美 訳
 草思社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

イーサ現物ETF上場承認に期待、SECが取引所に申

ワールド

ロシア軍が戦術核使用想定の演習開始、西側諸国をけん

ビジネス

アングル:米証券決済、「T+1」移行でMSCI入れ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル写真」が拡散、高校生ばなれした「美しさ」だと話題に

  • 4

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 5

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 6

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中