最新記事

キャリア

今なお日本社会に巣くう「同期」という病魔

2018年8月27日(月)16時44分
松野 弘(千葉大学客員教授、現代社会総合研究所所長)

visualspace-iStock.

<日本型のエリート選抜システムとして、戦前から機能してきた「同期」という考え方。新卒一括採用を見直す機運もあるが、若手サラリーマンたち自身の中にもまだ「同期意識」が存在している>

「貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟、みごと散りましょ国のため......」――これはどこかの会社の社歌ではない。日本が太平洋戦争を始めた昭和10年代後半、海軍の予科練(茨城・霞ケ浦)で飛行訓練をした若者たちの愛唱歌である。

この「同期の桜」は、同じ時期に予科練に入隊し、厳しい訓練を受け、同じ釜の飯を食って、国家、すなわち天皇陛下のために、戦争で散っていった若者の姿を歌ったものである。こうした「同期意識」は日本特有の共同体的な集団意識の形成という点で、当時の学生には大きな意味を持っていた(この若者たちは、終戦直前「神風特攻隊」として出陣し、そのほとんどは死んでいった)。

日本の企業は階層別組織であるといわれてきた。戦前の企業組織では、ホワイトカラー層(事務的労働者)とブルーカラー層(肉体労働者)に峻別され、待遇(賃金と地位)も格差があった。

ホワイトカラー層では、入社年次、つまり同期入社によって一つの集団が形成され、その集団の中からトップマネジメント層(上位管理職層)が選抜されるというシステムが長年続いていた。企業にとっては、「一括入社」という儀式はその意味で重要である。

一方こうした考え方は、企業よりも霞が関の官僚組織のほうが強い。国家公務員試験の上級職試験に合格し、各省庁に入職した職員は、競争原理のもとに選抜され、40代後半には官僚組織の幹部クラスが絞り込まれ、最終的には、そのトップである事務次官が決定される仕組みである。この競争に敗れた者は役所から去っていく。

ルーツは戦前の旧制高校、「戦友」組織ではないか

こうした「同期」という考え方はどこから出てきたのだろうか。大企業の功成り名遂げた人たちが登場する日本経済新聞のコラム「私の履歴書」をみると、大抵の人が同期入社について強い意識を持ち、同期の仲間に強い絆を持っているようである。

例えば戦前、エリート養成の予備機関であった旧制高等学校(現在の大学の教養学部にあたる)の入学者は全員、高校の寮に入ることが原則として義務づけられていて、苦楽を共にしたという強烈な仲間意識があった。

※旧制高校は、全国の県立中学校(中学への進学者はきわめて少数であった)から選抜された生徒が進学。その後、彼らは帝国大学へと進学していった。

こうした人たちが企業に入り、旧制高校意識を基盤として形成したのが、サラリーマン社会の「同期意識」ではないかと思われる。これと似たような組織が、戦前の軍隊組織(陸軍・海軍)で戦争を戦い抜いてきた「戦友」組織であった。

このような同期意識は、将来の幹部候補を選抜する際に有効に機能していく。何年入社から役員を何名選ぶという考え方がある。すでに指摘したように、官僚組織の場合はとりわけ、こうした意識が強く、同期入省者から事務次官をという風潮がある。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中