最新記事

世界経済

政府はインフレによる利益で債務危機を回避せよ

NO IMMINENT CRISIS

2022年10月17日(月)16時00分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター研究部長)
欧州中央銀行

欧州中央銀行も大幅利上げに踏み切った FRANK RUMPENHORST-PICTURE ALLIANCE/GETTY IMAGES

<金融危機の前提条件はそろっているが、これまでのところ市場の変動は限定的でその懸念は少ない。現在は2007年と違い、物価上昇により、債務の実質価値が減少している>

世界の主要な中央銀行が、競うように金融引き締めを打ち出している。

いつもは慎重なECB(欧州中央銀行)も、利上げのペースを速めているFRB(米連邦準備理事会)を追いかけるように政策金利を0.75ポイント引き上げた。ユーロが誕生した1999年以降、最大の上げ幅だ。

こうした動きに金融市場は予想どおりに反応し、株式市場と長期債券価格が急落した。ただし、金融危機が迫っているわけではなさそうだ。

確かにウクライナ戦争、エネルギー価格の高騰、急激なインフレが絡み合い、世界の債務残高は前回の金融危機の直前よりはるかに多い。新型コロナ不況でほぼ全ての国の公的債務が増加し、先進国の平均は20ポイント増えてGDP比120%を超えている。

このように金融危機の前提条件はそろっているが、これまでのところ市場の変動は限定的だ。今回は何が違うのだろうか。

2007年は、リスクプレミアム(危険資産の期待収益率から安全資産の収益率を引いた差)の上昇と低インフレのダブルパンチが債務者を直撃した。

現在は対照的に、インフレ率が急上昇して、債務の実質価値は減少している。

物価水準が15%上昇すると、債務残高のGDP比が120%の国は債務の実質価値がGDP比で約18ポイント減少し、パンデミックによる20ポイントの増加分がほぼ相殺される。このシナリオは十分に現実的だ。

アメリカとユーロ圏はインフレ率が10%に達する勢いで、来年はさらに5%上昇する見込みだ。

中央銀行の動きにもかかわらず、インフレ率は依然として金利をはるかに上回っている。市場が織り込み済みだった金融引き締めの実施後も、政府や企業は実質金利がマイナスの状態で新たな債券を発行できる。

従って、2009年にユーロ圏を襲ったような債務危機が発生する可能性は低い。

短期的視点はもう通用しない

財政の持続可能性は、いわゆるスノーボール効果に大きく作用される。利払い費用が名目GDP成長率を上回ると、債務比率は上昇するのだ。

逆も同様で、現在は、インフレのおかげで名目成長率は金利コストを4.5ポイント上回る水準で推移すると予想される。これは債務比率の引き下げにつながるだろう。

ただし、市場が神経質にならないわけではない。その好例が、イギリス政府の「財源の当てがない減税政策」をめぐる最近の金融市場の混乱だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米エネ長官がサウジとUAE訪問へ、気候関連で協力協

ビジネス

午前の日経平均は小幅続伸、日銀正常化警戒で下げ拡大

ワールド

インドネシア次期大統領、米中双方にオープン 非同盟

ワールド

米政府、石油企業にベネズエラ資産維持を許可 11月
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 5

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 6

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    アメリカでなぜか人気急上昇中のメーガン妃...「ネト…

  • 9

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中