最新記事

BOOKS

無印良品は堤清二の「自己矛盾」だった

2018年12月28日(金)10時45分
印南敦史(作家、書評家)

それを現実離れした「ユートピア(理想郷)」だと片づけるのは簡単だが、その一方で日本や世界を支配する効率優先の思想は立ち行かなくなり、数々の矛盾が生まれてもいる。そんな時代だからこそ、「人間が豊かに暮らし、働き、幸せを感じるとは、どういうことなのか」ということを考えるべきではないか。

そういう意味において、セゾングループの歩みを通して堤が導き出そうとした「解」を探ることには大きな意味があるということだ。

事実、堤のビジネスパーソンとしての原点である西武百貨店をはじめ、パルコ、ロフトなどの専門店、ホテル・レジャー、スーパーの西友や外食の吉野家、ファミリーマートなどのチェーンオペレーションなど、堤流ビジネスのヒントとなる事業はセゾングループに数多い。

そして、そんな中でも堤の強いこだわりが反映されていたのが無印良品だった。したがって堤の全事業に焦点を当てている本書においても、最も説得力に満ちているのは無印良品にまつわるストーリーだ。


 堤は、無印良品を「反体制商品」と呼んでいた。

「同じセーターでも、ブランドのロゴを付けると2割高く売れる。お客にとって、本当に良いことなのか」

 高価なブランドを身に着けた他人の姿を見て、消費者が焦りと羨望を抱き、同じようなブランドを買いに走る。こんな消費社会に、堤は異議を申し立てたわけだ。
 堤本人が欧州の高級ブランドを日本に導入し、「庶民も豊かになれる」という夢を見させて西武百貨店を日本一に導いたにもかかわらず、である。
 高級ブランドブームの仕掛け人が、真っ向からブランドを否定するのだから、これは自己矛盾以外のなにものでもない。
 だが間違いなく、堤は自ら仕掛けた消費の流れに疑問を持つようになっていた。
 つまり無印良品は堤の自己否定そのものだったのだ。(31~32ページより)

だが無印良品に限らず、堤のビジネスはすべてが矛盾や自己否定と表裏一体だったのではないだろうか。

ネガティブな意味ではない。さまざまな障害と真摯に向き合いながら、彼は常に満足することなく、それどころか目の前に映る景色に対して疑問を投げかけた。そして自身の前に大きな壁をつくり、それを乗り越え続けていった。

それを無駄な作業だと感じる人もいるかもしれないが、その見方は正しくもあり、間違ってもいる。なぜならそれこそが彼の生き様だからだ。そのことを証明しているのが、堤が打ち立ててきた数々の成功と、そして失敗だということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中