最新記事

消費

インド中流層はパワー全開

世界的な景気低迷で超富裕層の影が薄まるなか持続的成長のカギを握るのは中流層1億人だ

2009年10月2日(金)15時46分
ルチル・シャルマ

 象が争えば地の草が傷む。アフリカのことわざだが、数年前のインド象、いやインド市場がまさにそんな状況だった。

 あの頃、巨大財閥リライアンス・グループは創業家のお家騒動で揺れ、系列企業の争いにまで発展していた。しばらく前なら、インドの株式市場全体が傷ついたところだ。それほどまでに財閥の存在感は大きかった。しかし振り返ってみると、意外なほど市場の草は傷んでいない。

 なぜか。1つには、市場のパイが大きくなったという事情がある。10年前のインドには時価総額が50億ドルを超える企業が5社しかなかったが、今は40社だ。市場全体の規模も1兆ドルを超え、リライアンス・グループのシェアは10%に満たない。

 中産階級の台頭という大きな潮流もある。今まではピラミッドの頂点に立つ超富裕層が消費の主役だったが、これからは数で勝る中産階級が主役だ。

 高度成長の真っ盛りだった06~07年に輝いていたのは、ひと握りのスーパーリッチだけだ。国内のメディアでは、米フォーブス誌の世界長者番付にランクインする人数が話題の的だった(07年版では8人がトップ100入りし、米ロに次ぐ勢いだった)。

 企業も富裕層を成長戦略のターゲットに位置付けていた。連夜の華麗なパーティー会場は誰それが新築の豪華アパートを買ったという噂で盛り上がり、商都ムンバイではアパートの相場が1平方メートル当たり2万5000ドルを突破した(上海の2倍である)。だが、そんなバブルは昨年来の世界経済危機で無惨にはじけた。

ワンランク上の商品はパス

 インド経済は今、急成長と急降下のむなしい循環から抜け出そうとしている。かつての富裕層に代わって、その牽引役として期待されるのが新興の中産階級だ。

 例えば、オートバイの売り上げは今年に入って15%近く増えている(過去5年の平均は5%増)。高級車の売り上げは前年同期比で20%も減ったが、小型車の売り上げは20%増の勢いだ。

 日用品の分野では、必需品のヘアケア製品やせっけんなどは好調だが、ワンランク上のスキンケア商品などの売れ行きは戻っていない。市場では元気な中流層と慎重な富裕層の二極分化が目立つ。

 当然、インド市場で勝ち残ろうとする企業はマーケティングの戦略を変えてきた。

 以前はデパートなどの入り口付近に、欧米の高級ブランド品が飾られていたものだ。富裕層を誘い込むための仕掛けだが、一般の消費者には入りにくかった。しかし最近では、ショーウインドーに中産階級でも手の届く商品を並べる店が増えている。

 不動産市場でも、今は豪華さより「手頃な価格」がキーワードだ。主要都市のアパートの平均価格は、ここ1年で5割も下落した。相場全体が下がったせいもあるが、売り出される物件の床面積が減ったせいでもある。

 10億の民を抱えるインドでは、住宅産業も数で勝負するのが一番だ。かつては戸建ての豪邸や高層アパートのペントハウスで大きく稼ごうとしていた業者たちも、今はそんな顧客がほとんどいない現実に気付いている。

 バブルの頂点だった07年でさえ、100万ドル以上の金融資産を持つインド人は10万人程度とされていた。対して、年収2000~1万ドルの中産階級は既に1億世帯を超えている。

 この急増する中流層こそ消費の主役。みんなこれから1台目のバイクを買い、次には自動車を、さらには家を買うことになる。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中