最新記事

アメリカ経済

企業を破綻に追い込む「空っぽの債権者」

貸し倒れの保険として機能するCDSなど金融技術の発達で、融資先の再建に協力しない「責任感空っぽ」の貸し手が台頭している

2009年4月30日(木)17時26分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

ねじれた利害 借り手が破産したほうが儲かることも(ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファイン最高経営責任者)Larry Downing-Reuters

 人々は自らの経済的利益を守るために行動する、というのは経済の重要な前提の一つだ。たとえば、経営難に陥った会社にお金を貸していた人は普通、会社の倒産ではなく存続を願う。そうでなければ、お金が返ってこないからだ。

 同様に、会社が連邦破産法11条の適用を申請することも普通、お金を貸している債権者は好まない。彼らの債権をその企業の株式と交換する債務削減策(債務の株式化。自社株を渡す代わりに借金や利息の返済負担が減る)を私的にかつ迅速にまとめるほうを貸し手は好む。11条が適用されて裁判所の管理下で経営を再建することになると、手続きには何年もかかることがあるし、弁護士やコンサルタント、会計士などに支払う手数料で会社の貴重な資産が目減りしてしまうからだ。

 だがもし、融資先の会社が破産してくれたほうが儲かると貸し手が出てきたとしたらどうだろう。たとえば、融資先が完全に破綻した場合だけ保険金が下りるという保険に入っていた場合、その貸し手はこれまでとは逆に、会社を破産に追い込もうとするようになるだろう。

 近年の金融革新のおかげで、投資家は貸し倒れリスクをヘッジ(回避)したり、貸し倒れに対する保険であるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を買うことができるようになったことで、新しいタイプの債権者が表れはじめたらしい。融資先の企業が破滅するように仕向けることで、自らの経済的利益を守ろうとする債権者たちだ。

借り手がつぶれても困らない債権者

 テキサス大学法科大学院のヘンリー・フー教授(銀行法)は、新たな金融技術の登場で、債権者や株主の伝統的な行動がどう歪められているかを研究した。彼は、借り手の企業を守ろうとしない債権者を「空っぽの債権者」と名づけた。フーに言わせれば、ゴールドマン・サックスと経営危機に陥った保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)そのがいい例だ。

 この春に報じられたところでは、08年秋に公的資金の注入を受けたAIGがその金で借金を返済した取引先の一つがゴールドマンだった。AIGはCDS契約にもとづいて25億ドルの担保を差し入れ、さらにCDSの精算と貸株の返済のために100億ドル超を支払った。

 AIGのような経営危機の会社に数十億ドルもの担保を現金で出させれば、財務状態をさらに悪化させてしまうことを普通は懸念する、とフーは言う。その結果、ゴールドマンがAIGに保有する他の債権も無価値になってしまいかねない。

 だがゴールドマンは、AIGに対する債権がすべてパアになろうと構わなかった。なぜなら、同社がAIGに保有していた債権は、CDSなどのデリバティブ(金融派生商品)や他の契約を通じてすでに多くがヘッジずみだったからだ。ゴールドマンのCFO(最高財務責任者)に言わせれば、債権は「完全に保護されていて、損失を蒙らなくてもすんだ」。

 ゴールドマンはAIGの重要な債権者だったが、AIGがつぶれて債務の返済ができなくなったとしても、失うものは何もないようだった。だからこそ、ゴールドマンはAIGに何十億ドルもの担保を吐き出させることに何の呵責も感じなかった。

経営再建は長期化し高くつくものに

 空っぽの債権者は他にも台頭しているようだ。巨額の負債をかかえて経営難に陥っている遊園地運営会社シックス・フラッグスの例を見てみよう。同社経営陣は破産法11条の適用申請を回避しようと必死だ。4月17日には、約6億ドル分の社債を株式60%と交換するという債務の株式化を提案。もし社債を保有する債権者があくまで利息の支払いにこだわれば、破産法11条の申請に追い込まれるかもしれないと言った。

 だがワシントン・ポスト紙が報じたところによると、すべての債権者が協力的というわけではないようだ。「シックス・フラッグスの経営幹部は交渉に応じていないのが誰か公にしていないが、関係者によれば、2010年満期の社債1億ドルを保有しているフィデリティ・インベストメンツのファンドらしい」

 なぜフィデリティが交渉に応じないのかははっきりしない。シックス・フラッグスにはまだ利息を支払う力があると信じているのかもしれないし、フィデリティがここでは「空っぽの債権者」だからかもしれない。

 ワシントン・ポストはフィデリティの行動の説明として、「本質的には保険契約であるCDSを保有していて、(破産によって)私的な再建より大きな保険が支払われることになっている」可能性を挙げる。CDSでは、正式な破産申請があれば損失に対して保険が支払われるが、裁判所外の私的な再建では必ずしも支払われない。従って、この保険を購入した債権者は、破産のほうが得るところが大きいと判断する可能性もある。

 英フィナンシャル・タイムズ紙は、4月16日に破産法11条の適用を申請した商業用不動産大手のゼネラル・グロース・プロパティーズや製紙会社アビティビ・ボウォーターの場合も、裏で空っぽの債権者の論理が働いていたかもしれないと報じた。

 自分が金を貸している会社の破産を願うからといって、空っぽの債権者を責めることはできない。彼らには、自分の投資に保険をかける先見性があったのだから。だが、経営者や従業員、取引先、顧客などの他の利害関係者にとっては、空っぽの債権者の存在のおかげで再建プロセスは長期化し、高くつくものになるかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スロバキアのフィツォ首相、銃撃で腹部負傷 政府は暗

ビジネス

米CPI、4月は前月比+0.3%・前年比+3.4%

ワールド

米大統領選、バイデン氏とトランプ氏の支持拮抗 第3

ビジネス

大手3銀の今期純利益3.3兆円、最高益更新へ 資金
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中