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「モスクワの春」の寒々しい現実

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2010.04.19

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「モスクワの春」の寒々しい現実

メドベージェフは汚職一掃と経済改革を訴えているが、自由化は見掛けだけ。真の支配者は今もプーチンだ

2010年4月19日(月)12時07分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ (モスクワ支局)

 ほんの2分間、ロシア政府を軽くからかっただけで政治的な衝撃が走る──ロシアの現状をよく表しているエピソードだ。

 国営テレビの第1チャンネルは今年1月、ウラジーミル・プーチン首相とドミトリー・メドベージェフ大統領をモデルにした短編アニメを放映した。2人がモスクワの赤の広場でダンスを踊り、09年の重大ニュースをコミカルな歌で紹介するという内容だ。

 これを見たリベラル派は歓喜した。長いこと政治的抑圧とメディア統制、「プーチン崇拝」の強制が続いてきただけに、このアニメはメドベージェフがついにロシアの改革に乗り出した証拠だと受け止めたからだ。

 大統領はアニメの放映直前に行った一連の演説で、官僚の腐敗とロシア経済の欠陥を率直に認め、官僚機構の抜本的見直しと腐敗した裁判所の改革、規制の簡素化などを約束。天然資源に依存した経済構造から脱却し、高度な「知識経済」を確立すると誓った。

 さらにメドベージェフは最近、1万人の警官と16人の警察幹部の解雇を命令。民間ビジネスへの「脅迫」をやめるよう警察に警告した。悪名高い国粋主義の青年運動は活動停止になり、かつてプーチンの弾圧を受けた人権活動家は賓客として大統領府に招かれた。

 こうした動きは、ロシアに「春の気配」を感じさせるものだった。「メドベージェフ大統領は本気で体制の自由化を進めるつもりだと思う」と、国民汚職対策委員会というNGO(非政府組織)のキリル・カバノフ代表は言う。

 だが現実はそう甘くない。大統領就任から2年弱、メドベージェフは急激な変革を盛んに訴えてきたが、実際に日の目を見たのはごく表面的な改革にすぎない。その理由は今もプーチンが国政の主導権を握っているからだ。

 メドベージェフの頭の中に、たくさんの優れたアイデアがあるのは間違いない。だが、せっかくのいいアイデアもプーチンの専制的支配にリベラル風の化粧を施す程度の役にしか立っていない。

 結局のところ、メドベージェフは今も「プーチン・チーム」の忠実なメンバーであり、その役割ははっきりと決められている。機能不全のロシア経済を改革し、社会の不安定化を防ぐこと。それによってプーチンと「シロビキ」と呼ばれるKGB(旧ソ連国家保安委員会)出身の取り巻きたちの権力を揺るぎないものにすることだ。

 実際、メドベージェフの改革はプーチンが築いた体制を弱めるのではなく、むしろ強化している。欧米のアナリストはロシア政府内部のリベラル派と保守派の対立というおなじみの構図に引きずられて、実態を見誤ることが多い。メドベージェフ率いる「リベラル派」は、シロビキに権力闘争を挑んでいるわけではない。彼らはシロビキの「手下」なのだ。

 ロシア政府に近いシンクタンク、現代発展研究所のアレクサンデル・ブドベルグのようなメドベージェフ支持者によれば、大統領は司法制度や警察など、腐敗した組織の改革を本気で望んでいる。だが問題は、メドベージェフのプーチンに対する忠誠心が改革の足かせになっていることだ。

 KGBの後継組織でプーチンの力の源泉でもあるロシア連邦保安局(FSB)の巨大利権に手を出すことは明確なタブーだ。プーチン側近たちの個人的ビジネス、天然ガスのガスプロムや石油のロスネフチといった巨大国営企業を支配する高級官僚、国営の軍需産業も聖域扱いされている。

税務警察に投獄されて

 メドベージェフは昨年の演説で、民間企業や商店への嫌がらせをやめるよう警官や役人たちに命令した。だが、この演説の意義は欧米の多くのアナリストが考えたものよりずっと小さい。

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