最新記事

「ハトヤマは反米主義」の疑心暗鬼

日米関係
属国か対等か

長年の従属外交を脱して
「ノー」といえる関係へ

2009.11.10

ニューストピックス

「ハトヤマは反米主義」の疑心暗鬼

NYタイムズに掲載された「鳩山論文」にワシントンで疑念噴出。 新政権への過剰な反応は同盟関係の先行きの何を占うのか

2009年11月10日(火)12時39分
横田 孝

 半世紀にわたり、太平洋をまたいで盟友関係を保ってきた日本とアメリカ。両国の政府関係者が顔を合わせれば、双方は必ずといっていいほど両者の同盟関係をアメリカの対アジア政策の「礎」と持ち上げ、「世界で最も重要な二国間関係の1つ」と誇らしげに語ってきた。

 だが、この幸せに満ちた日々も終わりに近づきつつあると不安がる声が先週アメリカで噴出。これまで日米関係を築き上げてきた自民党に代わり、アメリカの対アジア外交をしばしば批判してきた民主党が政権を担うことで、欧米メディアや一部の知日派専門家らは疑心暗鬼になっている。

 騒ぎ過ぎだろう。確かにアメリカ側からすれば悪い兆候ばかりに見える。対米外交で主体的な姿勢を貫くという民主党の選挙公約は、日米の安全保障同盟を損ないかねないとの憶測を呼んだ。選挙期間中、民主党は海上自衛隊によるインド洋での給油活動の中止や、米軍普天間飛行場の移転計画の見直しについても言及した。社民党との連立交渉を進めていることも、日米外交の足かせになるとみられている。

 ホワイトハウスの記者会見で日本が話題になることはめったにないが、民主党圧勝が伝えられた翌日8月31日の会見では、日米関係が悪化するのではという趣旨の質問が記者団から飛んだ。

 米国務省も神経過敏になっているようだ。同じ日、国務省のイアン・ケリー報道官は、普天間基地の県外移設や米海兵隊のグアムへの移転問題について「再交渉するつもりはない」と、すぐさま民主党を牽制した。だが、何よりも米政府を仰天させたのは、8月27日付のニューヨーク・タイムズ(ウェブ版)に掲載された、次期首相の鳩山由紀夫代表の名前で書かれた論文の抜粋だ。

 「冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄され続けた」
 「冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程と言っても過言ではないだろう」

 これだけを読むと、まるで反グローバリズム活動家によるヒステリックな反米論議に聞こえる。

 ワシントン・ポストは早速、9月1日付の社説で「(北朝鮮の核問題を抱える)日本政府は米政府と仲たがいすべきでない」と警告。保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のキム・ホームズ副会長は、これまで続いてきた日米間における緊密な関係の「時代は終わるかもしれない」との論評を9月3日付のワシントン・タイムズに寄稿した。

 ニューヨーク・タイムズは9月2日付の記事で、アフガニスタンの対テロ戦争などアメリカの重要な政策に対して日本が支持を後退させるのでは、という懸念がオバマ政権内で高まっていると指摘。「日米関係に劇的な変化が生じることへの恐怖が存在する」という、アメリカン・エンタープライズ研究所の対日専門家マイケル・オースリンのコメントを紹介した。

「アメリカ大好き人間」を自任

 日本で事実上初めて本格的な政権交代が起きることを考えれば、アメリカでこうした不安や憶測が飛び交うのも理解できる。

 だが、これらの憶測は見当違いもいいところだ。インド洋の給油活動をめぐる問題など、確かに日米両政府は難題に直面するだろう。とはいえ、鳩山は決してアメリカで騒がれているほど過激な人物ではない。

 第1に、ニューヨーク・タイムズに掲載された鳩山論文の「要約」は、より長い日本語の原文の文脈を無視している。グローバル化を否定するのではなく、その弊害の解消に取り組みたいというのが、論文の本来の趣旨だ。実際、原文で鳩山は「経済のグローバル化は避けられない時代の現実だ」と認めている。

 第2に、鳩山は反米主義者ではない。若かりし頃は学者としてキャリアを積んでいた鳩山だが、彼が政治を志すきっかけの1つが、米スタンフォード大学に留学中の1976年、独立記念日のパレードで目の当たりにした愛国心あふれるアメリカ人の姿だったという。98年には、東アジア関係に関するシンポジウムで自身を「アメリカ大好き人間」と評したこともある。

 また鳩山は、日本の政界でいち早くバラク・オバマ米大統領を支持した人物の1人。今回の総選挙前からオバマに倣って「チェンジ」のスローガンを拝借し、民主党の勝利が確定した直後のインタビューでもオバマの外交姿勢である「対話と協調」路線を目指したいと語った。

 日米双方であらぬ憶測を呼んでいるのは、民主党が具体的な外交政策をまだ明示していない(これには数カ月かかるとみられる)上に、閣僚人事がまだ正式発表されていないという事情がある。

 ジャーナリストや専門家が民主党の外交政策の手掛かりを探るなか、給油活動の中止や米軍基地移転計画の見直しといった部分だけが強調され、マニフェスト(政権公約)に記された他の文言は見過ごされている。日本は対米協力から身を引くのではないかという推論だけが独り歩きし、民主党が国際社会において、「米国と役割を分担しながら、日本の責任を積極的に果たす」とマニフェストに明記していることは取り上げられてこなかった。

 経済政策についてもしかり。民主党が福祉を重視しているのは確かだが、自由貿易やグローバリゼーションを否定してはいない。鳩山はグローバリゼーションが生み出した経済格差を率直に批判しているが、民主党としては「貿易と投資の自由化を促進」して、アメリカやアジア諸国との自由貿易協定締結を目指すと公約している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米サステナブルファンド、1─3月は過去最大の資金流

ビジネス

北京市、国産AIチップ購入を支援へ 27年までに完

ビジネス

デンソー、今期営業利益予想は87%増 合理化など寄

ビジネス

S&P、ボーイングの格付け見通し引き下げ ジャンク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中