最新記事

チベットの未来を担う若きリーダー

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

チベットの未来を担う若きリーダー

中国政府が高度の自治を認めず「ダライ・ラマ後」の空白が迫るチベットで、23歳のカルマパ17世に期待が集まっている

2009年9月29日(火)12時54分
パトリック・シムズ(ジャーナリスト)

 カルマパ17世はチベット仏教の活仏でありながら、好青年の雰囲気も漂わせている。

 赤と金色の装束に身を包み、毅然とした態度のカルマパは行く先々で最敬礼で迎えられる。中国語とチベット語を流暢に操り、夜は韓国語を勉強している。外国人記者に対しては、控えめな憤りを英語で表現することもある。

 インド東部のブッダガヤ郊外にある僧院で暮らすカルマパは夕暮れ時、日課の合間に外に姿を現す。テラスをゆっくり歩きながら、麦畑で農作業をする女性たちに目をやる。

 23歳のハンサムなカルマパ17世は、85年に遊牧民の父母の間に誕生。81年に亡くなったカルマパ16世の生まれ変わりとして、チベット東部で僧侶に見いだされた。7歳で活仏となり、チベット仏教カギュ派の指導者に就任した。

 14歳でチベットを脱出し、雪中亡命劇を敢行。ネパールからインドへ渡り、亡命中のチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世のもとに身を寄せた。

 亡命チベット人はすぐにカルマパの特別な才覚を見いだした。ダライ・ラマと同様のカリスマ性をもち、若者らしい活力に満ちている。指導者の適性をもつ人物という評判が早くから広まった。

 現存する活仏のなかにはダライ・ラマに匹敵する者はいない。彼は最大宗派ゲルク派の指導者で、チベットの人々に敬われあがめられている。ノーベル平和賞を受賞し、たぐいまれな精神力で世界中の人々の尊敬を集める人物だ。ダライ・ラマはチベット仏教の各宗派と亡命チベット人の組織を、チベットの大義という旗の下でなんとか結束させている。

 そんなダライ・ラマでさえ解決できていない重大な問題が一つある。チベットの高度の自治と文化的な自由というダライ・ラマの穏健な要求に対して、中国政府が耳を貸そうとしないことだ。

 今年3月でダライ・ラマがインドに亡命してから50年になる。ダライ・ラマでも解決がむずかしい問題をカルマパなら解決できると期待する人たちもいる。ただしそれは、チベットの伝統や慣習に反してカルマパが最高指導者になった場合の話だ。

 ダライ・ラマの後継者選びは微妙な問題をはらんでいる。現在73歳のダライ・ラマは最近、軽い健康問題を乗り越えた。だが自身の後継者問題を深く憂慮し、チベット亡命政府に対策を講じるよう指示している。

 チベットの伝統では、ダライ・ラマは自分の生まれ変わりを後継者にする。僧侶が占いや夢、自然現象などを解釈し、生まれ変わりの赤ん坊を探しあてる。

亡命勢力が瓦解に向かう

 しかし、その生まれ変わりが十分な教育を受け、指導者が務まるとみなされる成人に成長するまでには約20年かかる。中国がなんとしてもつぶしたいと思っている現在のチベット人組織は、20年の空白期間を乗り切れないだろう。

 「中国の強硬派は、ダライ・ラマが死亡したらチベットの政治運動は衰退するか瓦解するとみている」と、ハーバード大学法科大学院のロブサン・サンゲイ上級研究員は言う。ロブサンは昨年11月、亡命チベット人がインドのダラムサラで今後の方針などを話し合うために開いた会議に出席した。

 「重要なのはすぐにダライ・ラマの後継者になれる人物を探せるかどうか。彼の死後、チベットの政治運動はどうなるのか? これは非常に大きな問題だ」

 ロブサンはカルマパなら一時的に最高指導者を代行できると主張する。宗派が違うカルマパはダライ・ラマにはなれない。しかし生まれ変わりが成人するまで、摂政を務めることはできる。

 カルマパはダライ・ラマと同様、中国政府の抑圧下にあるチベットから国外に亡命した人々と同じ道を歩んだ。ダライ・ラマは59年、兵士に変装してラサを脱出した。カルマパも99年、ダライ・ラマを非難するよう中国政府の圧力を受けるなか亡命を決意。チベット自治区を脱出し、雪のヒマラヤを抜けて亡命政府に身を寄せた。600万人のチベット人のうち、約15万人が同じように国外に亡命している。

 最近カルマパは以前にもましてダライ・ラマに傾倒している。外国政府の代表は、ダライ・ラマの説教を聞く人々のなかにしばしばカルマパの姿を見る。

 「(カルマパは)民衆を引きつけるリーダーに成長した」と、ロブサンは言う。「同時に若者が親近感をいだくリーダーでもある。若者たちは同年代のカルマパなら、自分たちの亡命の苦しみを理解してくれると思っている」

 昨年11月のダラムサラでの会議では、15分科会のうち五つがカルマパを将来の指導者候補としてあげた。ダライ・ラマも複数の僧侶のなかの一人ではあるが指導者候補としてカルマパに言及している。

 ダライ・ラマが死亡した後の摂政として今のうちにカルマパを指名し、ダライ・ラマの正式な後継者が成人するまで暫定的な宗教指導者の地位を与えるというのは名案に思える。若くて人気のある摂政を指名すれば、ダライ・ラマの後継者育成はスムーズに進むだろう。同時に、亡命チベット人勢力の衰退という中国のもくろみをはねつけることができる。

 カルマパの摂政就任が実現すれば、後継者をめぐる全面的な争いも回避できるかもしれない。誰が次の最高指導者になっても、各宗派をまとめ、亡命政府があるダラムサラの若者の支持を勝ち取り、さまざまな要求をもつ亡命チベット人をなだめなければならない。

 カルマパだけが後継争いを抑える選択肢ではない。ダライ・ラマは他の僧侶のことも高く評価している。ダライ・ラマは昨年、自分の生まれ変わりを生存中に選ぶことができるようにした(チベット人の間では、死んだ人の生まれ変わりを探すのに、その人の生前に生まれていた人物が選ばれるという矛盾はあまり問題にならない)。

 これによってダライ・ラマは、最高指導者不在の時期を短縮し、後継者の選出や教育を監督できる。しかし中国政府は、中国だけが後継者を選ぶ権利があると主張し、ダライ・ラマのこの方針にただちに異議を唱えた。

 下手をすると、2人のダライ・ラマが出現する可能性があるということだ。そうなったらダライ・ラマの後継者問題は何十年も尾を引くことになる。

 カルマパには別の問題を解決する期待もかかっている。現在、中国からもダライ・ラマからも認められた生まれ変わりはカルマパだけだ。チベットと中国が新たな関係へと踏み出すとき、その調停役になれるのは彼しかいない。

 カルマパの僧院は、インドで最も貧しい地域であるビハール州で毎年チベット暦1月に祭典を行う。モンラムと呼ばれるその祈願祭は、紀元前6世紀に釈迦が悟りを開いたとされる場所で開催される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中