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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
支持基盤揺らぐオバマ政権、日本での評価には疑問
今週に入って、オバマ大統領の支持率が急落しています。有名な政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス(RCP)」が、多くの世論調査の平均値として公表している指数も、「支持が44・1%に対して不支持が51・7%」と再選後としては最悪の数字となりました。
10月17日の「政府閉鎖+債務上限危機」を乗り切った際には、危機を招いた元凶は議会共和党にあるというイメージが広がり大統領の支持は戻ったのですが、今週の状況はかなり深刻であると思います。
そこで気になるのが、日本での報道や論評です。9月以来の「政府閉鎖」トラブルの中、日本での「オバマ評」はかなり辛口になっていました。シリア問題でのオバマの態度についても、日本では評判が悪かったようですが、特に9月から10月の危機に関しては、一連のゴタゴタの責任はオバマにあるという種類の論評が目につきました。
私はこの間の日本での評価については、ずっと違和感を覚えていました。シリアへの対応にしても、かなり「危険なゲーム」であったのは事実ですが、最終的にロシアとの妥協が成立する中で、国連の化学兵器禁止機関が本格的に動き出したという結果は国際的には受け入れられています。ですが、日本では「オバマは攻撃すると見せて腰が引けた」ということで随分と評判が悪いのです。
一方で、「政府閉鎖+債務上限危機」に対する日本での評価も奇妙でした。特に「オバマケア(医療保険改革)」にこだわった「大きな政府論」はダメだとか、その点で「妥協しない姿勢が危機を招いた」という論評が目立ちました。日本の親米勢力は、北米市場での景気回復に期待する中でオバマの医療保険は「景気の足を引っ張っている」から批判しているようにも見えますが、アメリカの財界はとっくの昔に「オバマケア」については支持もしくは、発足を前提として動いているのです。
そう考えると、この間の日本でのオバマ批判の論調というのは何とも説明のしようがないわけです。もしかすると、今でも日本の親米派とか政財界の保守派の中には、アメリカの「リベラル」よりも「保守」の方が、民主党よりは共和党の方が親日だという思い込みが残っているのかもしれません。そう考えると、アメリカの政治が混乱するのは「リベラルな民主党のオバマの責任」だと期待感込みで直感的に感じてしまう、そんな可能性もあるように思います。「悪いオバマ」が沈めば、「より親日の保守」が浮上するだろう、そんな期待と思い込みです。
私は、これは危険な誤解だと思います。というのは、今週に入って確かにオバマの支持率は急落しているのですが、その批判は「右から」のものではなく、「左から」のものだからです。
今週の支持率急落の原因は大きく2つあります。一つ目は、問題の「オバマケア」つまりオバマが導入した「政府補助によって負担が軽減された国民皆保険」の運用トラブルです。10月1日にウェブサイトを華々しくオープンしたのはいいのですが、サイトが何度もダウンしており、加入手続きが思うようにできないというトラブルが深刻化しています。
報道された内容から推察すると、今回の新しい保険に申し込むには、申込者の属性によって「高齢者向け」「軍人軍属向け」「公務員向け」「身障者向け」などそれぞれに加入条件が異なり、しかも州ごとに保険制度が異なっています。つまり、一つのポータルサイトから入っていっても、加入手続きのプロセスによって一人一人、処理内容も見に行くデータベースも、最終的に加入する保険も全く違うわけです。
問題は部分ごとに異なる企業に設計を依頼し、バラバラのシステムを繋ぎあわせた全体像に関しては「ロクにテストをしないで」スタートさせたということにあるようです。おそらくは、システム間のデータ受け渡しの処理能力に差がある中で、様々なデータ件数の上限に引っかかって、エラーで落ちまくっているというのが真相でしょう。システムの構築過程で筋の悪いリーダーが旗を振っていた場合に起きそうなことです。
この大スキャンダルは連日大きく報道されており、担当閣僚のシベリウス保健福祉長官は辞任が秒読みと言われていますし、オバマの支持率低下の原因にもなっています。この問題に関しては、共和党からの攻勢もあるにはあるのですが、世論や政界全体の雰囲気としては「だからオバマケアはダメだ」という批判ではありません。批判の声は「本当に重要なオバマケアなのだからマジメにシステムを修復してほしい」という切実な声なのです。
またこの問題とシンクロするように、大スキャンダルとなっている「ドイツのメルケル首相の携帯電話を米NSA(国家情報局)が盗聴していた」という問題も同様です。アメリカの世論も怒っていますが、それは「暴露したスノーデンを野放しにしたからダメ」だとか「アメリカの国益を守るためには盗聴行為をしているという機密をもっと厳格に守るべき」という種類の批判ではありません。
そうではなくて、「友好国の首相の携帯を盗聴していた」という行為そのものへの批判であり、「知らなかった」とか「今はやっていない」というオバマに対する責任の追及であるわけです。要するに、リベラルなオバマが失態を見せたから、政敵である保守派が巻き返したのではなく、リベラルに見えたオバマが実は腹黒いことをやっていたこと、医療保険を整備すると言っておきながらその実行力が足りないことへの、いわば「左からの批判」が起きているわけです。
こうしたオバマ批判の流れは、無人機攻撃作戦への批判であるとか、グアンタナモ収容所でまだ捕虜を拘束していることへの批判であるとか、改めてNSAによるネット盗聴への批判という形で強まっていくことも考えられます。その先にあるのは、2016年の大統領選を展望しながらの、民主・共和両党のドラスティックな世代交代の可能性です。
ちなみに、日本では「特定機密保護法」を制定することが日米関係の強化につながるという論調もあるようですが、肝心のアメリカではNSAのネット盗聴にしても、メルケル首相への盗聴にしても激しい批判が渦巻いているわけです。その動向から眼を背けて、まるでブッシュ政権当時のような感覚で「機密保持ができないとテロ情報を回してもらえない」などと思い詰めるのは感覚としてやはりズレているように思います。
最大の問題は、現在のオバマ政権は十分に親日的であることへの認識が低いということです。そしてそのオバマ政権が「左からの批判」でズルズルと退潮していった場合には、アメリカはより若い世代のリーダーが出現して、これまでとは異なった国になっていく可能性があるわけです。その新世代は、民主党であろうと共和党であろうと、よりクリーンで透明性のある情報管理を目指し、世界の警察官であることには更に消極的になり、同時にあらゆる国家間の緊張拡大を嫌悪するような行動パターンを取ってくるでしょう。
現在の日本にある、何も考えずにオバマを叩く習性、機密保護で頑張ればアメリカに評価してもらえると考える姿勢、そうした思考パターンがどうして危険かというと、どんどん世代交代してゆくアメリカの新世代の発想法に対応できなくなるからです。
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