コラム

「国家戦略特区」構想で日米の株が暴落した理由

2013年06月06日(木)12時47分

 6月5日に「内外情勢調査会」で行った講演で安倍首相は「成長戦略第3弾」を発表しました。ちなみに、既に発表された「第1弾」では「先端医療技術開発」に加えて、評判の悪い「3年育休」、第2弾は「農地集積で農業の競争力アップ」であるとか「クールジャパンのコンテンツ輸出促進」といった内容のものでした。

 この第1弾と第2弾の内容は、規模的にも小さく、また説得力に乏しかったことから、今回の第3弾が期待されたわけです。ですが、結果的に東京市場はこの内容に対する失望売りとなり、時差の関係で後になったNY市場でも「アベノミクスへの失望と世界経済への悪影響」という材料から売りの口実にされてしまいました。

 ロイターのリチャード・ハバード氏のコラムでは「成長目標だけが示されて、実行計画の中身がゼロ」。デジタルメディア「クォーツ」のマックスウェル・ワッツ氏は成長戦略の内容は「ひたすら退屈」。ヤフー金融面のビデオ、ダニエル・アルパート氏(ウェストウッド・キャピタル)も「成長戦略の中身がない。このままでは流動性供給も失敗へ」など、アメリカの金融関係のメディアでは安倍首相の写真とともにアナリストの「酷評」が続出ということになってしまいました。

 それにしても、今回の「第3弾」の内容というのは、何とも意味不明なものです。

 まず規制改革として「医薬品のネット販売の解禁」が最初に出てきただけでもガックリ来るわけですが、問題は「国家戦略特区」という構想です。この際ですから、官邸のホームページに掲載されている安倍首相の発言のオリジナルな表現をできるだけ改変しないで見ていきます。

 安倍首相の言う「国家戦略特区」とは「ロンドンやニューヨークといった都市に匹敵する、国際的なビジネス環境をつくる。世界中から、技術、人材、資金を集める都市をつくりたい。」とうのが主旨だそうです。

 その手段としては具体的に3つあり、1つ目は「国際的なまちづくりには、外国人でも安心して病院に通える環境が必要です。外国人がコミュニケーション容易な医師から診療が受けられるようにし、トップクラスの外国人医師も日本で医療ができるよう制度を見直します。」というもの。

 2点目は「子ども達が通えるインターナショナルスクールも充実しなければなりません。国内での設置を困難にしているルールは、大胆に見直しを進めていきます。」という内容。

 3点目は「職住近接の実現もまた、大都市に住む人には課題です。マンハッタンでは、昼間と夜間の人口に、ほとんど差はありません。街の中心部での居住を促進するため、容積率規制も変えます」というものです。

 ちなみに、マンハッタンでは、昼間人口と夜間人口に差がないというのは大ウソで、私の住むニュージャージーやロングアイランド、あるいはコネチカットなど「トライステート(首都圏三州)」はマンハッタンへの通勤圏となっており、朝晩にはそれぞれ大動脈の通勤鉄道が輸送力を発揮しています。

 それはともかく、安倍首相の言う「国家戦略特区」というのは、東京や大阪などの大都市に、高層のオフィスビルをドンドン建設して、海外の企業を誘致して行くという話のようです。その際に、日本の病院や医師では英語が通じないので海外の医者が診療してもいいとか、インターナショナルスクールも規制緩和でドンドン作っていい、更に職住近接のために高層の居住用のビルもジャンジャン建ててもらいましょうという話です。

 これが「国家戦略」なのだそうです。こんな意味不明な「政策」というのは見たことがありません。以下、疑問点を列挙してみます。

(1)どうして海外の企業を誘致なのか? 日本企業ではないのか?

(2)そもそも、医者と学校の「持ち込み可」で、職住近接のビルが沢山あれば海外の企業が日本に来るのか? 日本の市場が魅力的でなければ、日本の税制やビジネス回りの諸規制が簡素になるとか、ズバリ英語で仕事は進むとか、優秀な人材が確保できるといった条件がなければ、誰も来ないだろう。

(3)それにしても、どうして「外国人医師の診療許可」なのか? 混合医療や高度医療をさせるためなのか? それとも人口の極端に少ない都心部では、日本人の家庭医などはビジネスとして成立しないので、どうせなら海外から招聘しようというのか? それとも英語力やインフォームドコンセントの問題などで、日本人医師では信用されないからなのか?

(4)インターナショナルスクールの規制緩和というのも意味不明。設置の規制緩和だけでなく、小中高の卒業資格を付与するとか、日本の教育の国際化の中に位置づけるのならともかく、どうして外国企業誘致のためというストーリーから出てくるのか?

 というわけで全く意味不明です。1つ、私が思ったのは、もしかしたら東京五輪招致に成功した場合に絡めて「とにかくビルを建てたり、東京など大都市のインフラの作り替えでゼネコンに仕事を回す」という、正に官民挙げての「ハコモノ経済」を促進して行こうというアイディアなのか、そんな印象が最初にありました。

 もしかしたらそれだけではないのかもしれません。全体的に国内の経済は「改革のできないまま縮小していくのを変えられない」から、グローバルな競争力は「租界」の外国企業に担ってもらうというのかもしれません。都市の経済としては、例えば外食、エンターテインメント、小売、運輸、生活サービスなどでその「オコボレ」にあずかる、そんな構造です。

 更に言えば、短期的な転勤という形であれ、東京などの大都市に住む外国人が増加するのであれば、わざわざ反対を抑えて「移民導入」などという「自民党らしくない」政策を取り入れなくても、ある程度は少子化による経済縮小をスローダウンさせることができるかもしれません。「外資系」ではなく「外資そのもの」が来るわけですから、上級の管理職は海外からとしても、初級職とか補助的な仕事ということでは国内雇用のためにもなるでしょう。

 その中で「外国人向け」としては、どうしても日本人の自分たちでは提供できそうもない「医療と教育」は「持ってきてもいいですよ」というわけです。

 では、どうしてこの「国家戦略特区」構想は、日米の市場から「不信任」を突きつけられたのでしょうか? それは世界がまだ「日本経済という眠れる巨人」の復活に期待しているからです。20年間衰退しっぱなしであって、その原因が「戦略のミス」であるならば、そろそろ復活してもいいだろう、少なくとも円安と株高を踏み台に実体経済を伸ばす戦略を、という期待があったのです。

 にも関わらず、日本経済としては変われないし衰退も止められないので、租界を作りますから外国企業に来ていただきたい、という成長戦略でも何でもない「意味不明」な発表があったのです。これでは、失望するなというのがムリというものでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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