コラム

大津いじめ事件、苦境の越市長の取るべき道は?

2012年07月09日(月)09時15分

 大津市と言えば、越直美市長はハーバード・ロースクール出身の国際弁護士として華々しく当選し、その一方で、当選直後から「自身がいじめに遭った経験」なども語っていたわけです。ですから、今回の「中2いじめ自殺」の事件に関しては、明快なリーダーシップを発揮するのではと思っていたのですが、初動から現在までの対応は迷走しているようです。

 問題になっている「自殺の練習をさせられていた」というアンケート結果が明るみに出る前の話ですが、事件のあった学校の卒業式(今年の3月、つまり被害者が自殺した半年後)に来賓出席した際に「自分もいじめに遭って自殺を考えた」とスピーチで述べている一方で、被害者の両親による事件に関する民事訴訟では、市側を擁護する証言をしたりしていたようです。

 ここまでの越市長は、直接の公選で選ばれた首長としてメッセージ性のある行政を進めることを期待されている立場と、終身雇用制の官僚組織の支援を受けないと日々の行政が進められないという矛盾に引き裂かれた「良くある迷走パターン」に入っているように見えます。

 仮にそうだとして、これからの越市長の取るべき道は何なのでしょう?

 一番安易なのは、官僚組織の言いなりになってメッセージ発信を止めることです。勿論その場合は再選は有り得ないでしょうが、任期内を「無難に」勤めあげることはできるでしょう。もっとも、故青島幸男東京都知事とは違って、若い世代の代表であるとか、アメリカでリーガルマインドを学んだという中で、特別な期待感を背負っている越市長の場合は、そんなに簡単に「負ける」ことは許されないという見方もあると思います。

 それでも、官僚組織や地域の「有力者」など「土着の権力」とのケンカはイヤだという場合は、そうした「古い利害」を全部背負うという判断もあると思います。ワシントンのリベラル系のシンクタンクで学んだ過去を「かなぐり捨てて」、こともあろうに「夫婦別姓反対派」に走った高市早苗議員であるとか、巨大な建設利権の「交通整理役」に身を任せた扇千景元国土交通相など、女性政治家にも色々と先例はあるわけです。個人的にはお勧めしませんが、そういう選択もあります。

 その反対に、漠然と期待感があるのは、越市長が「土着の権力」と徹底対決するというシナリオです。噂の域を出ませんが、今回の「いじめ事件」では、教委、教員、PTA、警察組織などの「自己防衛」という力学が働いているようです。アンケートの結果が隠蔽されたり、被害届が無視される背景には、そのような「ローカル権力の腐敗」があるのだとして、越市長はそうした腐敗と徹底的に戦うという戦略があります。

 これまでの迷走はともかく、市長選で越市長を当選させた票には、恐らくはこうした「土着の権力構造との対決期待」というのはあるのでしょうから、ここで覚悟を決めれば突っ走ることは可能でしょう。勿論、その場合は「外部の有識者」がどうのこうのという弱腰ではなく、「八方美人」であることを捨てて、自身が明確なメッセージを発信するべきです。

 ですが、私はこのシナリオでも不十分だと思います。

 大津というのは、JRの新快速を始めとする交通機関の発達により、住宅地としても発展する一方で、地場の様々な産業があります。そんな中、住民のライフスタイルやカルチャーも多様化しているのだと思われます。そんな中で、コミュニティの一体感が失われている、そのことが事件の背景にも影を落としているし、事件の真相究明や責任追及が進まない一因にもなっているように思われます。

 越市長は、この点にメスを入れてゆくべきです。では、どうやってコミュニティの一体感を回復してゆくのか、それは短期的にはやはりこの事件の真相究明であり、真相究明に時間がかかる構造それ自体の究明に違いありません。ですが、中長期的にはこの大津というコミュニティの将来像をしっかり描いて、市の発展の方向性を描くということなのだと思います。そのカギを握るのが、多様な住民カルチャー相互のコミュニケーションの回復だと思うのです。

 土着のローカル権力に寄りかかるのでもなく、一方的に敵視するのでもなく、コミュニティの一体感や将来像を示しながら、今回の事件の真相究明を改革の第一歩として位置づけ、取り組んで行くべきです。越市長の行政が成功し、二期目を視野に入れることができるかどうかは、この点にかかっているのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story