コラム

福島第一原発事故、「ベント」問題の背景にある疑問とは?

2011年07月22日(金)12時03分

 事故発生直後は、私はプリンストン大学関係の核物理の専門家の人々とディスカッションを続けながら、アメリカでの見方をこの欄を中心にレポートしてきました。その後は、一旦事態を静観していました。ですが、ようやく「工程表の第1ステップ」が確認できる状況に近づいたという発表も出たこの時期、改めて未解決の疑問点についてお話ししたいと思います。

 何よりも、日本のエネルギー政策や、原子力技術の輸出の継続など、大きな方向性の決定を行うためには、今回の事故の原因と経過について、客観的な評価を確定することは極めて重要ということもあります。

 いまだに気になるのは「ベント」の問題です。ベントはどうあるべきで、実際はどのようにされたのか、あるいはされなかったのか? 水素爆発時の放射性物質飛散がたいへんに広い範囲に及んでおり、様々な被害が議論されるようになった現時点で、改めてこの問題は重みを持ってきています。

 この問題に関しては、私は事故発生直後から「GEのこのタイプの炉では、ベントを建屋内に行って圧力容器の水蒸気爆発を防止するのは仕様」という主張を繰り返し紹介してきました。米国での報道はこの見解で一貫していましたし、専門家とのディスカッションでもそうでした。

 何故「建屋内」にベントする仕様になっているのかというと、放射性物質をいきなり外気に放出はしたくないからと考えられます。微量の放射性物質漏洩の際に、ダイレクトに環境を汚染するのではなく、建屋の上部にベントして、これを「五重の壁の最後の砦」とする、そうした設計になっているという見解です。

 また万が一、建屋内にベントして水素濃度が濃くなった場合は、建屋の上部で爆発が起きたら建屋の上部が吹き飛んで衝撃を吸収するようになっているというのです。事故前の写真、あるいは建屋の破壊のなかった2号機の写真を見れば分かりますが、建屋の外壁の色は上の3分の1だけ異なっています。これは、構造を上3分の1だけ「鉄骨と薄い板」にしてあるので、そこが壊れることで爆発の衝撃波を吸収して建屋の下半分を守る、それも設計上の仕様だというのです。

 これは、スタンフォード大学の国際安全保障協力センターの客員で、仏アレヴァ社系列の燃料処理企業の現役の幹部、また元IAEAの研究員であったアラン・ハンセン氏が3月にスタンフォード大学の公開セミナーでハッキリそう発言しており、同氏の示したスライドでは、そのプロセスが図示されています。アメリカでの報道は、この発表とスライドを踏まえたものが多いと思われます。例えば、CNNが3号機の水素爆発を「中継」していた際に、リアルタイムでマサチューセッツ工科大学、セキュリティ研究プログラムのジム・ウォルシュ研究員がこのハンセン見解に沿った解説をしていました。

 ただ、最近の日本の報道では、このハンセン見解は、スタンフォード大学の発表と言うよりも「アレヴァ社の観点からGE炉を批判するバイアスの入った見解」という言い方がされているようです。いくら何でも、ビジュアル的にネガティブな印象を与え、それ以前に大規模な放射性物質飛散を「タイミングと方向をコントロールできない偶発的な水素爆発で」起こしてしまうというのを「仕様」だとするならば、GEの「マーク1」は欠陥炉ではないかということになるからです。この指摘は一理あると思いますし、大規模な放射性物質飛散で広範囲な被害が確認されている現在では、そう考えるのには十分な理由があるように思います。

 そこで、現在は、東電も安全・保安院も「ベントは排気筒にしようとしたが、停電等の理由で弁が作動せずに上手くいかなかった」という説明で一貫しています。ただ排気筒にダイレクトにベントするというのは、水素爆発の危険は防止できますが、環境に高濃度の放射性物質を意図的に排出することになるわけで、風向きなどを見ながら高度な判断が必要となるわけです。政府・東電としてはそうした判断をしようとしたが、弁が動かずに失敗したというのが公式見解のようです。

 ですが、ベントができずに圧力容器(原子炉の釜)そのものの圧力が高まり、水蒸気爆発が起きて釜が割れてしまっては「この世の終わり」になります。そこで、排気筒がダメならということで建屋上部にベントした、あるいは排気筒が使えない場合は、自動的に建屋上部にベントすることになったと推測されます。この部分、どこまでが判断の介入する余地があり、どこまでが仕様かの解明が必要です。

 その結果として、1号機、3号機の場合は建屋上部での水素濃度の上昇、そして水素爆発ということになったわけですが、問題は2号機です。2号機では、建屋上部での水素爆発は回避されました。その理由としては、建屋上部海側にある「ブローアウトパネル」が開放され、水蒸気や水素が外気に排出されたことの成果のようです。確かに2号機では建屋上部に四角い開放箇所があり、現在でも映像で確認できます。このパネルが開いたことで、上部の水素爆発が回避されたと見るのは正しいようです。

 ですが、それでも疑問が残ります。炉の冷却が上手くいかない中で、また全電源喪失という状況の中で、どうやってパネルを開放したのでしょうか? アメリカの報道の中には「決死隊」が行ったというような「見てきたような」解説があるのですが、日本では一切発表されていないようです。また、それ以前に2号機では開放された「ブローアウトパネル」が1号機と3号機ではどうして開かなかったのか、という疑問も残ります。

 問題を整理してみましょう。仮に、この「GEマーク1」という炉が全電源喪失時には燃料棒破損を起こすとします。その際に、水蒸気爆発を防止するためにベントするとして、同じく全電源喪失時には「排気筒からのベント」が不可能であり、建屋上部に排気するしかない、その建屋上部で水素爆発が起きるのを防止するには「ブローアウトパネル」を開放するしかないが、全電源喪失時にはマニュアル対応となり「決死隊」が必要だとします。仮にそうであれば、この炉は「欠陥炉」ということになります。

 アレヴァ社のハンセン氏が言うように「それが仕様」なら、同型炉に関しては大きな改修が必要になると思います。もしかしたら、米国でこの問題に関する「アレヴァとGE」「政府と原発運営企業」の間で論争があるのかもしれません。そうした雑音に影響されることなく、逆にそうした論争に客観的な決着を与えるべく、まずは事実の解明を進めるべきです。

≪お知らせ≫
ブログの筆者・冷泉彰彦氏が日経CNBCで本日(22日)午後9時30分より放送の「NEWS ZONE」にゲスト出演します。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、突っ込み警戒感生じ幅広く

ワールド

イスラエルが人質解放・停戦延長を提案、ガザ南部で本

ワールド

米、国際水域で深海採掘へ大統領令検討か 国連迂回で

ビジネス

ソフトバンクG、オープンAIに最大5.98兆円を追
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story