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震災と「核」をダゲレオタイプで撮り続けて
Photographs by TAKASHI ARAI
震災と「核」をダゲレオタイプで撮り続けて
Photographs by TAKASHI ARAI
2011年3月11日、写真家の新井 卓は〈死の灰〉のシャーレを持って、神奈川県・川崎の自宅近くの公園に出かけた。〈死の灰〉は、1954年にビキニ環礁でアメリカの水爆実験があった際、第五福竜丸の船員たちに空から降り注いだ放射性降下物。新井はそのサンプルを、展覧会のため、都立第五福竜丸展示館から預かっていた。
シャーレを撮影しようと、カメラを三脚にセットし、釣り堀のある水辺に歩き出したその時、あの大地震が起こったという。午後2時46分。こうして東日本大震災は、それ以前から核の問題に関心を持ち、ダゲレオタイプ(銀板写真)と呼ばれる写真技法を用いてきたこの写真家の運命をも、大きく変えることになった。
ダゲレオタイプとは何か。ダゲレオタイプは19世紀前半に登場した世界初の実用的な写真技法で、当時は「記憶を持った鏡」などと呼ばれていた。完全な鏡面に磨き抜かれた銀板をヨウ素などのハロゲン・ガスでコーティングし、直接カメラに入れて撮影する。現像は水銀蒸気を使って行う。複製も引き延ばしも不可能であり、また、鏡のように左右反対に写し出されるという特徴も持つ。
東北を襲った震災の後、捜索隊は被災した人々の家族写真をも捜し集めた。新井によれば、そうした「人々の記憶の縁(よすが)として受け継がれる写真」は、ただ過去が記録されただけのモノではなく、記憶や思いを宿し、触れることができ、傷ついた表面を持つ固有のモノだ。それを彼は「小さなモニュメント」と呼んでいる。そして、複製不可能であり、その場所の光の放射によって刻印されるダゲレオタイプもまた、「モニュメント」であるのだと。
だから新井は、ダゲレオタイプで撮り続けている。そうすることで、例えば福島の現状を直接知らない人たちに対して、その「モニュメント」に触れることで新たな感情や想起を触発することができると考えている。「忘れてはいけない、忘れたくない、と思っても結局私たちは忘れてしまう」からこそ、モニュメントが必要なのだ。
震災後、新井は福島の飯舘村や南相馬市、川内村などに入り、時には非常サイレンや線量計のアラームに恐怖しながら、撮影していく。
それだけでなく、長崎や広島、さらには人類が史上初めて核実験を成功させた地、米ニューメキシコ州の「トリニティ・サイト」へと足を運ぶのだ。その理由として新井は、「現在の福島の状況がなぜもたらされたのか、そもそも日本に54基もの原発があったのはなぜなのかを知りたかったから」と話す。
遡ること2008年か2009年に、新井は旅したサンフランシスコで『100 SUNS』という写真集を購入している。マイケル・ライトという従軍写真家の手による、アメリカの核実験のキノコ雲だけを集めた写真集だった。「その写真を見て、あまりにも圧倒的な規模、そして時には『美しい』とすら思える『造形』と、それがもたらす災厄との筆舌に尽くしがたいギャップに深い衝撃を受けた」と、新井は言う。
それが核に関心を持つ最初のきっかけだった。震災後、福島を訪れ、強烈な憤りを覚えた新井は、モニュメントという概念について考え始め、ダゲレオタイプによる撮影を続けていったのだ。
さて、震災前に〈死の灰〉のサンプルを借りていた第五福竜丸展示館である。新井は2013年の夏に展示館に通い詰め、展示されている船体を300枚もの銀板写真で分割撮影し、ひとつの大型作品をつくるというプロジェクトに取り組んだ(記事冒頭の写真は、300枚の銀板写真による作品の前に制作した習作)。
複製不可能な銀板写真に第五福竜丸の表面を写し取って、新しいモニュメントをつくる試みである。忘却を押しとどめるために――。
こうして、いわば「核のモニュメントを巡る旅」を続けてきた新井は、初の単著写真集『MONUMENTS』(フォト・ギャラリー・インターナショナル)を完成させた。どんな思いで写真集をつくったか尋ねると、彼はこう答えた。
「(原爆ドームのような)圧倒的な出来事から生まれたモニュメントを、大きな文脈ではなく、あくまでひとりひとりの個別的体験として分解していくこと。その結果初めて、手に負えないような巨大な出来事を自分のリアルな体験や感情を通して考えたり、それに対して行動を起こしたりできるようになる」
*新井卓さんはこの写真集で第41回木村伊兵衛写真賞を受賞されました。
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
Photographs from "MONUMENTS" by TAKASHI ARAI
『MONUMENTS』
新井 卓 著
フォト・ギャラリー・インターナショナル
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