モラルなき中国の大国化に、台湾・香港の人々は尊敬を感じない
台湾防衛の最前線に立つ蔡英文総統 Courtesy of Tsuyoshi Nojima
<米中新冷戦によって、香港そして台湾は中国と西側世界が対峙する最前線で、習近平政権の圧力を受けることになった。しかしその対立の根源は習政権のモラルなき傲慢さにある>
台湾・香港のニュースバリューが2019年から一気に上がった。米中「新冷戦」の到来と共に台湾・香港問題がグローバル化した形だが、そんな望ましくない事態を招いたのは、実は理想を失い、モラルを欠いた強国路線をひた走る中国自身ではないか――。ジャーナリストの野嶋剛氏が「台湾・香港」から「習近平の中国」のあり方を問う平凡社新書『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社)より一部を抜粋する。
「再び」注目された台湾・香港
「台湾・香港問題」を長らく取材し続けてきた私は、2019年から台湾・香港問題がグローバル化したとみているが、もっと正確を期するとすれば、「再び、グローバル化した」というほうが適切だろう。
19世紀、世界は弱体化した中国を切り取ろうと躍起になった。先鞭をつけたのは、英国による香港の取得だった。英国と清朝が戦ったアヘン戦争で、欧米列強のアジアへの到来と清朝の弱体化という二つの事実に日本が受けた驚きは、近代化に舵を切る大きな動力となった。日清戦争で日本は清朝に勝利し、台湾を獲得する。欧米列強、日本、中国という世界の新旧パワーの衝突のなかで、香港と台湾はグローバルな動きに巻き込まれた。
大戦後も、台湾・香港問題は未解決のまま残された。香港の場合は、日本の占領が終わったあと、英国が素早く海軍を香港に送り込み、中国の領土回復を阻んだ。中国の支配者だった蔣介石も、しぶしぶ英国の統治継続を受け入れた。中国共産党が中国大陸の支配者になったが、毛沢東も英国との良好な関係を優先し、香港を現状維持とすることにした。
一方、台湾については、国共内戦の敗者となった国民党が逃げ込んで、米国が蔣介石政権を守ろうとしたので、中台が台湾海峡を挟んで対峙する状況となった。台湾も香港も、東西冷戦のなかで、西側陣営の最前線に押しだされ、グローバルな米ソ対立構図の一部として、政治・外交的に重要なポジションを演じることになった。
2014年に逆回転を始めた台湾・香港情勢
1990年前後の東西冷戦の崩壊で「西側陣営の最前線」という台湾・香港の役割は、大きく色あせていった。東側陣営の雄であった中国が改革開放政策を掲げて世界の仲間入りし、米国を中心とする対中関与が世界的に公認される政策となった。その象徴が、台湾・香港のシステムを維持したまま中国の統一を受け入れる一国二制度であった。
台湾問題でも、台湾が自立の道を模索しようとしても、米国や国際社会の態度は冷淡だった。誰も口にはしないが、いつか台湾が中国に飲み込まれることは、歴史的に避けられない運命だと考える人が増えていった。特に911テロ以降、中国は、テロとの戦いに忙しく、アジアに手が回らなくなった米国を誘導して台湾が独立に動かないようコントロールする術を覚えた。その手法は「経美制台(米国を使って台湾を抑え込む)」と呼ばれた。米中が世界を「分治する」という構想も盛んに語られ始めた。そうなると、台湾・香港問題は重要ではあるが、「東アジア国際政治の重要課題の一つ」というローカルニュースのポジションが世界から与えられた立ち位置となる。
日本におけるニュースバリューは、外交では、日米、日中が横綱級で、日韓、日露が大関級、EUや中東紛争が関脇級で、台湾や香港は小結級といったところだった。台湾問題は1996年の総統選挙、香港問題は1997年の返還などで一時的に注目されて番付が上がっても、それが終わるとまた元の状態に戻るような感じであった。台湾・香港の重要性が色あせていく傾向が反転を始めたのが、2014年の台湾でのヒマワリ運動、香港での雨傘運動だった。
現実は、常に我々の想像の一歩先にある。台湾・香港での運動が単なる現地政権への異議申し立てという域を超えて、中国の台頭というグローバルな影響を及ぼす現象と対をなした抵抗運動の様相を示した。
台湾では、その後、中国との距離を取ろうとする民進党の蔡英文総統が2016年に政権復帰を勝ち取った。事前の予想を超える勝ち方に、世界は驚かされた。台湾が経済的に優勢な中国に飲み込まれる、という先入観を多くの人が抱いていたからだった。
香港でも2016年、立法会選挙で民主派や本土派が大きく議席を伸ばす。時代の歯車はこのあたりから逆回転を始めていた。来るべき米中新冷戦の前触れが、私たちが気づかないまま、ひたひたと台湾・香港に近づきつつあった。
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